第5章 二人の使者

25/42
前へ
/268ページ
次へ
「そうなったらそうなったで、覚悟を決められるというものだ。告白なんて生ぬるいことじゃなくてね。すべてが大きく変わるだろう。彼女との関係も、これからの生活も」 「それをきっかけにして、アーデリーズといきなり結婚するってことですか?」 「彼女が了承してくれればね」 「そ、そんなの……せこいですっ!!」  七都は、思わず叫んだ。 「せ、セコイ……?」  ジエルフォートがびっくり目で、七都のセリフを繰り返す。  しまった。魔王さまに向かって、『せこい』などと口走ってしまった。  七都は、両手で口を押さえた。  けれども、彼には言わなければならない。アーデリーズのために。  七都は口から手をはずして、ジエルフォートに向き直った。 「そんなの卑怯です。女性の発情に便乗しようなんて。自分では何もせずにっ!」 「そうかな。それはそれで、いいきっかけになると思うが。私の定まらない気持ちも、それで固まるだろうしね」  と、ジエルフォート。  子供っぽいんじゃない。オトナのズルさだ。  七都は、顔をしかめた。 「しかし、アーデリーズは発情しない。もう、長い付き合いになるんだがね。一切そういう兆候もない。人間の血が濃すぎたんだね、きっと。これからも発情はしないだろう」 「じゃあ、どうするんですか?」 「何もしないよ。今までと同じだ」 「そんなの、ひどいですっ!!!」  ジエルフォートは、苦笑した。  姫君、本日二度目の『ひどい』だね。そんな顔つきをしている。 「では、私にどうしろと?」 「その……。告白するのがお気に召さないのなら、態度で示すとか」 「態度?」 「さりげなく抱きしめてみるとか……」 「そんなことしたら、張り倒される」 「張り倒したりしませんよ。嬉しいはずです」 「いつもアーデリーズと顔を合わせたときは、軽く抱き合って、挨拶をしている。そのときにでも、押し倒したらいいのかな」 「だめですっ!!!」  七都は、くわっと口を開けて叫ぶ。   まったく。  このマッドサイエンティスト、なんてことを言うのだ。 「女性は、雰囲気を大切にするんです。いきなりそんなこと、だめですってば」 「面倒くさいな」  ジエルフォートが、溜め息まじりに呟いた。 「やっぱり、何もせずに、いつものように仕事の話をしているほうが楽そうだ」 「そういうことじゃ、何も変わりません」 「別に変えなくてもいい。我々魔神族には、消化しきれないほどの時間が、たっぷりとあるのだから」  今度は、七都が溜め息をつく番だった。  人間とは比べ物にならないくらいの長い時間を生きる魔神族。しかも、若い体と心のままで。  感覚が違うのかもしれない。  特に何かにあせることも、差し迫って何かをしなければならない必然性も、人間ほどにはないのかもしれなかった。
/268ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加