第5章 二人の使者

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「でも、まあ。君がそう言ってくれるのなら。これも一つのきっかけかもしれないな」  ジエルフォートの姿が、目の前からかき消えた。 「え?」  ふと横を見ると、彼は七都の横に立っていた。しかも、かなりの至近距離で。  ジエルフォートは七都にやさしく腕を回し、七都を立たせた。  ストーフィが鏡をしっかりと持ったまま、オパール色の丸い目で二人を見上げる。 「こんな感じで抱きしめればいいのか?」  ジエルフォートは、七都の頭を包み込むようにして、抱き寄せる。 「ジエルフォートさま。抱きしめる相手が違ってますけど」 「君は本当に、おもしろい子だね」  ジエルフォートが笑った。 「そんなふうに私に意見するなどと。アーデリーズくらいかな。いや、彼女でさえ、そこまで言ったりはしない。彼女は私の性格に関しては、一線を引いて、あきらめているところがあるからね。一緒にここに来た私の幼なじみは、子供の頃はよく私にくってかかったりしていたが、今はそういうことはしてくれない」 「それは、あなたが魔王さまだから……」 「そうだね……」  ジエルフォートは、七都の顔に両手を添える。そして、じっと七都を見下ろした。  瞳が大きくなっているのが、どこか不自然で無気味だった。 「君は、実に美しい。そのドレスも宝石も、とてもよく似合っているよ。やはりアーデリーズの感覚と趣味は、すばらしいね」 「ジエルフォートさまっ!」  ジエルフォートの顔が、ゆっくりと近づいてくる。  やっぱり、カツオブシか……。  もう、抵抗する気にもなれなかった。  七都は覚悟を決め、目を閉じる。  いいや。少しくらい魔王さまにエディシルを食べられても。  キディアスみたいにへろへろにされるのは、正直やなんだけど。  だが、ジエルフォートは、七都の口ではなく額に自分の唇を付けた。  彼の唇が押し付けられた七都の額には、白銀に輝く印が刻まれる。 「ジエルフォートさま?」  その時、寝室の扉が勢いよく開いた。  波打つ鮮やかな赤い髪が、扉の周囲の空間をきりりと引き締める。  アーデリーズだった。  はかり知れない存在感で、彼女はそこに立っていた。  彼女は、抱き合っているジエルフォートと七都を見て、金色の目を大きく開ける。  ストーフィが、抱えていた鏡をぽろりと落とした。  鏡は甲高い場違いな音をたてて、床の上で回転した。  鏡が静止して音が消えると、気まずい沈黙が降りて来る――。  部屋全体が――居間の空気も、調度品も、そこにあるものはすべてアーデリーズを見つめ、息をひそめていた。  まずい。  誤解される――!  何て言い訳しよう。  ええっと。落ち着け。  アーデリーズ、これは練習なの。  ジエルフォートさまが、あなたの代わりに私を抱きしめてるだけなの。  本当は、ジエルフォートさまが抱きしめたいのは、あなたなんだよ。
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