第5章 二人の使者

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「こちらに初めて来たご褒美に、抱きしめてくれる? アーデリーズ?」  彼女の冷たい視線に動じずに、ジエルフォートが微笑んだ。 「冗談でしょ。スウェン。あなたは、もう……。なんでまた、勝手にこちらに来ちゃうわけ? 私の了解も得ずに。扉のこちら側は私、地の魔王エルフルドの領域なのよ。しかも正体を隠して来たんでしょ、その格好は」 「ジエルフォートとしてこちらに来ると、いろいろと面倒だからね」  ジエルフォートはアーデリーズの後ろに立った。  そしてアーデリーズの背中から、そっと両手を回す。包み込むように。  七都は、二人から離れた。  ジエルフォートさま、うまくやってね。そう願いながら。 「何の真似よ、これは?」  アーデリーズは、自分の肩に回されたジエルフォートの腕を見下ろした。 「君が抱きしめてくれないから、私のほうから抱きしめることにした」 「は? いつもの挨拶なら、してあげるわよ」 「挨拶じゃない。ナナトに言われたんだ。君を抱きしめてみたらって」 「あなたは……。ナナトに言われたから、こういうことをするの」  アーデリーズが眉を寄せる。どこか悲しげに。 「それは単なるきっかけだよ。前からこうしたいと思っていたさ」  ジエルフォートは、アーデリーズを強く抱きしめた。  七都は一瞬、アーデリーズがジエルフォートを張り倒したらどうしようかと思ったが、その心配はいらなかった。  アーデリーズは目を閉じ、そのままジエルフォートに体を預けるようにして、抱きしめられていた。 「スウェン。あなたは……。機械とか仕事にしか興味がないのかと思ってた……」  アーデリーズが呟く。 「いつも君を見ていたよ。初めて会ったときから、ずっと。危なっかしい君を、はらはらしながら、ずっと見ていた」 「スウェン……」  交わされる、口づけ。  それは、エディシルを食べ合う魔神族の軽い挨拶ではなく、恋人同士の口づけだった。  七都は、二人に見惚れる。  何て美しいんだろう。今まで見た映画やテレビの映像の、どんなシーンよりもきれいだ。  二人の美貌の魔王たち。その二人が口づけを交わし合っている。  それだけではなく、彼らは、彼らの周囲の空間にも影響を及ぼしていた。  ジエルフォートは白。アーデリーズは金色。  オーラのような揺らめく光の色が、七都には見えた。  それらが二人を取り巻いて、交じり合う。彼らを引き立たせるように。  そして、互いを思う心が、そばにいる七都にも伝わってくる。  とても大切に思っている。相手へのその深い気持ち。  それは穏やかでもあり、激しくもあった。  やがて二人は抱き合ったまま、ごく自然に横たわる。  この二人は、このまま結ばれるだろう。  七都は彼らに見惚れながら、ぼんやりと思った。  その時、誰かが七都のドレスの裾をくいと引いた。  見下ろすと、ストーフィの丸い目と視線が合う。 「え? あ、そうか」  七都は、はっと我に返った。  そうだ。もちろん、こういう場合は遠慮しなければ。  いくら額に印を付けてくれたからといって、今のこの二人にとって、七都がここにいること自体が邪魔になるに決まっている。  私ったら、何をじっと見ているんだろう。  七都は顔を赤らめた。  そしてストーフィを抱き上げ、部屋から出て行こうとしたのだが――。  何かにつまずいて、七都は派手に床に転んでしまう。 「ぎゃっ!!」  小さく叫んで、七都は上半身を起こした。  ストーフィは、七都がこけた拍子にはじけ飛んだが、見事なくらいにきれいに前転して、起き上がっていた。  何につまずいたんだろう?  足を何かにつかまれたような気がしたのだが。  床にたたきつけられるように、ぶざまに転んでしまった。  早くここから出ていかなければならないのに。  何気なく自分の足元を見た七都は、ぎょっとする。  七都の足首に、白くてしなやかな手が、しっかりと絡まっていた。  アーデリーズの手だった。
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