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どうしよう。
七都は、迷う。
本当のことを言うべきなのだろうか。
ラーディアには、耳に入れておいたほうがいいのかもしれない。彼女はこの屋敷を仕切っている女官なのだ。
実は、散策に出かけたもう一人の使者は光の魔王ジエルフォートで、今、扉の向こうでアーデリーズと対面していると。
本当は、『対面』なんてものではないのだけれど。
「ああ、そうですね。エルフルドさまは、そっとしてさしあげたほうがよろしいですよ」
七都の様子を観察していたキディアスが、横から割り込んで、ラーディアに言った。
「今は、恋人との逢瀬を楽しんでおられるようですから」
「まあ、恋人と? そうなのですか?」
ラーディアが頬を染め、弾むような声で言った。
そうだ。エルフルドには、好きな人がいる。
それは、地の魔貴族の令嬢たちの周知の事実。たとえその相手が誰であるか知らなくても。
つまり、キディアスの短くて簡潔な言葉は、彼女を納得させるには十分だった。
さすがはキディアス。
もちろん彼は、慌てふためく七都から、部屋の中の状況を把握したのだ。
七都がキディアスに笑いかけると、キディアスは、真面目でクールな顔をして頷いた。
「では、ナナトさまのお部屋には、当分誰も入らないように命令しておきますわ。ああ、アーデリーズさまの恋人ってどなたなんでしょうね。とても知りたいです」
ラーディアが、うきうきして言った。
「近々わかると思うよ」
七都は、呟く。
電撃結婚ってことになるのかな、エルフルドさま。
地の都全体がびっくりするよ。そのお相手にも、当然みんなびっくりだ。
「……ってことで、私だけで、その使者さんに会うから」
七都が言うとラーディアは、夢見る少女から、しっかり者の女官に変身する。彼女は、ざっと七都を眺めてチェックし、そして言った。
「おぐしが少し乱れておられますね。すぐに整えましょう。こちらへ」
「うん、お願い。あ、キディアスも面会に同席してくれる?」
「もちろんです」
ストーフィが、キディアスのマントの裾を軽く引っ張った。
じろりとストーフィを見下ろす彼の目が、ストーフィのまんまるい目と合う。
キディアスは軽く溜め息をつき、ほら、来いという感じで、ストーフィの手を無造作につかんだ。
ストーフィは満足げに、キディアスの手にゆったりとぶらさがる。
「どうやらこの機械猫も、同席したいらしいですね」
七都は、後ろを振り向いた。そして、片手でストーフィを荷物のように下げているキディアスをじっと眺める。
「キディアス。ストーフィを抱っこしてみて」
七都が言うと、彼はすぐにリクエストに答えてくれた。
だが、ストーフィを胸に移動させたキディアスを見て、七都は額に手を置く。
「やっぱり、ぜんっぜん似合わない……」
「はい?」
キディアスが、眉を寄せた。
「いえ、何でもない」
「ナナトさま。なぜお部屋から出てしまわれたのですか?」
キディアスが、眉をひそめたまま、言った。
「え?」
「お二人に、中にいることを許していただいたのでしょう?」
七都は、はははっと乾いた声で笑った。
「遠慮するのが礼儀ってもんでしょう。何を言ってるんだか、キディアス」
「せっかくの機会に背を向けてしまわれたのですね。もったいないことを」
七都は、キディアスを睨んだ。
「その感覚が謎だ。は? もったいない?」
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