第5章 二人の使者

31/42
前へ
/268ページ
次へ
 どうしよう。  七都は、迷う。  本当のことを言うべきなのだろうか。  ラーディアには、耳に入れておいたほうがいいのかもしれない。彼女はこの屋敷を仕切っている女官なのだ。  実は、散策に出かけたもう一人の使者は光の魔王ジエルフォートで、今、扉の向こうでアーデリーズと対面していると。  本当は、『対面』なんてものではないのだけれど。 「ああ、そうですね。エルフルドさまは、そっとしてさしあげたほうがよろしいですよ」  七都の様子を観察していたキディアスが、横から割り込んで、ラーディアに言った。 「今は、恋人との逢瀬を楽しんでおられるようですから」 「まあ、恋人と? そうなのですか?」  ラーディアが頬を染め、弾むような声で言った。  そうだ。エルフルドには、好きな人がいる。  それは、地の魔貴族の令嬢たちの周知の事実。たとえその相手が誰であるか知らなくても。  つまり、キディアスの短くて簡潔な言葉は、彼女を納得させるには十分だった。  さすがはキディアス。  もちろん彼は、慌てふためく七都から、部屋の中の状況を把握したのだ。  七都がキディアスに笑いかけると、キディアスは、真面目でクールな顔をして頷いた。 「では、ナナトさまのお部屋には、当分誰も入らないように命令しておきますわ。ああ、アーデリーズさまの恋人ってどなたなんでしょうね。とても知りたいです」  ラーディアが、うきうきして言った。 「近々わかると思うよ」  七都は、呟く。  電撃結婚ってことになるのかな、エルフルドさま。  地の都全体がびっくりするよ。そのお相手にも、当然みんなびっくりだ。 「……ってことで、私だけで、その使者さんに会うから」  七都が言うとラーディアは、夢見る少女から、しっかり者の女官に変身する。彼女は、ざっと七都を眺めてチェックし、そして言った。 「おぐしが少し乱れておられますね。すぐに整えましょう。こちらへ」 「うん、お願い。あ、キディアスも面会に同席してくれる?」 「もちろんです」  ストーフィが、キディアスのマントの裾を軽く引っ張った。  じろりとストーフィを見下ろす彼の目が、ストーフィのまんまるい目と合う。  キディアスは軽く溜め息をつき、ほら、来いという感じで、ストーフィの手を無造作につかんだ。  ストーフィは満足げに、キディアスの手にゆったりとぶらさがる。 「どうやらこの機械猫も、同席したいらしいですね」  七都は、後ろを振り向いた。そして、片手でストーフィを荷物のように下げているキディアスをじっと眺める。 「キディアス。ストーフィを抱っこしてみて」  七都が言うと、彼はすぐにリクエストに答えてくれた。  だが、ストーフィを胸に移動させたキディアスを見て、七都は額に手を置く。 「やっぱり、ぜんっぜん似合わない……」 「はい?」  キディアスが、眉を寄せた。 「いえ、何でもない」 「ナナトさま。なぜお部屋から出てしまわれたのですか?」  キディアスが、眉をひそめたまま、言った。 「え?」 「お二人に、中にいることを許していただいたのでしょう?」  七都は、はははっと乾いた声で笑った。 「遠慮するのが礼儀ってもんでしょう。何を言ってるんだか、キディアス」 「せっかくの機会に背を向けてしまわれたのですね。もったいないことを」  七都は、キディアスを睨んだ。 「その感覚が謎だ。は? もったいない?」
/268ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加