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ラーディアは、小さな部屋に七都を案内した。
そこには美しい花の装飾で囲まれた大きな鏡があり、壁にはその一面に、棚や引き出しが作りつけられてあった。
化粧室のようだ。いつもは、アーデリーズが使っている部屋なのかもしれない。
キディアスとストーフィも入ってきて、扉の前に立つ。
ストーフィはキディアスの腕の中に、既にそこが定位置であるかのように、ちんまりと収まっていた。
ラーディアは、七都の髪を丁寧に梳き、上品な香りのする花の香油を塗ってくれた。
それから髪のサイドを少しすくって、くるくると巻き上げる。
そこに彼女は、虹色に輝く貝と真珠を組み合わせた髪飾りを留めつけた。
「素敵、ラーディア。人魚姫みたい」
七都は、はしゃぎたくなる気持ちを抑えて、鏡を覗き込む。
「ニンギョ……ヒメですか?」
ラーディアが困ったように、七都の言葉をあやふやに反復した。
「ナナトさまは時々、ナナトさまが来られた世界の、我々には意味不明なことをおっしゃられますから」
ストーフィを抱いたまま、七都の様子を後ろから眺めていたキディアスが解説する。
「まあ。そうなのですね。ああ、そうそう。この髪飾りも、それから首飾りも、水の都から取り寄せたものなのですよ」
ラーディアが、キディアスのほうを振り返り、微笑んで言った。
「水の都?」
七都は、鏡の中に映っているキディアスを思わず見つめる。
「キディアス。水の都って名前の通り、水というか、海があるの? で、真珠の養殖やってたり、お魚が泳いでたりするの?」
「確かに海はありますが、真珠も作っておりませんし、魚も泳いでおりません。一部の区画を、個人が趣味や研究として、そういうふうに使ってはおりますが」
鏡の中のキディアスが答えた。
「なんだ。え、じゃあ、この真珠はどこから……?」
「別の世界ですよ。魔神族の宝石は、すべて別の世界から持ち込まれたものです。さまざまな世界へ訪れる魔神族は、そこに存在する、あらゆる美しい宝石を集めてくるのです」
「だから人間は、その宝石をほしがるの」
「そういうことですね。人間と取引をするためにも、そのような宝石は、とても重要です」
「取引。アヌヴィムか……」
魔法ではなく、宝石を得る代償として、彼らは魔神族に自分の生体エネルギーを与えるんだ……。
そういうアヌヴィムもいる。あるいは、魔法でも宝石でもなく、武器を得る代償として。
ゼフィーアだったろうか、そんな説明をしてくれたのは。
「アヌヴィムだけではなく、いろんな取引に使えますからね。外部の人間の世界にも、魔神族が必要なものはあります。アヌヴィムの食料や衣料を揃えるためにも必要ですし、彼らの世話をする下男下女にも賃金は支払わねばなりません」
キディアスが言った。
「つまり、お金の代わりなんだ」
「そうですね。人間たちは宝石を常に高い値段で買ってくれます。ゆえに魔神族は、人間のお金には困りません。もちろん魔神族間でも、宝石の取引は頻繁に行われますしね」
それからキディアスは、鏡に映る七都の髪飾りをじっと観察した。
「案外その真珠は、ナナトさまが来られた世界から持ち込まれたものかもしれませんね。真珠の産地は限られていますから」
七都は、落ち着いたやわらかい光を放つ、その宝石を眺める。
そんなふうに言われると、妙な懐かしさを感じてしまう。
真珠……。月のしずく。人魚の涙。
なんてしっとりした、魅了される輝きなのだろう。
そういえば、果林さんの誕生石は真珠で、七都の父からプレゼントされたという真珠のブローチを大切にしていた。
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