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「お願い、ラーディア。ほうっておいてあげて。たぶんアーデリーズも、それを望んでいると思う」
ラーディアに一番効くのは、アーデリーズのこと。
七都はそう判断して、彼女に言った。
「アーデリーズさまも……?」
ラーディアは、呟く。
しばらく考え込んだ彼女は、やがてにっこりと笑った。
「そうですね。では、お二人には、これまで通り、ジエルフォートさまの使者として応対いたしましょう。でも、これはとてもおめでたいことですから、お祝いしなければ。アーデリーズさまのお好きなお菓子を作らせますわ。私は、これで失礼致します。皆様、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
ラーディアは、踊るように優雅に挨拶をし、客間から退出した。
「お祝い? お菓子?」
七都は、首を傾げて彼女を見送る。
ジエルフォートさまとエルフルドさまは、もうこれで婚約したってことになるの?
「つまり、お二人が結ばれたので、それをお祝いするということです」
キディアスが、七都に説明した。
「そういう風習があるんだ」
「はい。もちろんシルヴェリスさまとナナトさまのときも、お祝いさせていただきますよ、盛大に」
「キディアス……っ」
七都は拳を握りしめ、ひゅん、とキディアスめがけて突き出した。
キディアスはストーフィを抱いたまま、片手で難なくそれを受け止める。
ジュネスが唖然として、その様子を見つめていた。
あ。まずい。目が点になってる。
七都は、握った拳を背中に隠した。そして、取りあえず笑ってごまかす。
「いえ、これは、ちょっとした遊びというか、じゃれあいというか……」
「ナナト。ずいぶん元気になられましたね」
ジュネスが、微笑んだ。
「この前会ったときと比べて、見違えるようです」
彼は、まぶしそうに七都を見つめる。
「ジュネス。ごめんなさい。あなたのせっかくの申し出を断ってしまって。本当にありがとう」
「いえ。あなたにもご都合がおありでしょうから。あの後、あんなことを申し出てしまって、かえって嫌な思いをさせてしまったのではないかと反省しました。たったひとりで風の城に行くこと。それが、リュシフィンさまがあなたに与えられた課題なのですね?」
ジュネスが訊ねた。
「まあ、そんな感じです……」
七都は、曖昧に返事をする。
課題を出してきたのは、リュシフィンじゃなくて猫なんだけど。
「結局あなたは、私が申し出なくても、おひとりで魔の領域に来られたわけですし、驚くべきことに、あの水の装置を使われて、お元気になった」
「ジュネス。あなたが言っておられたのは、ジエルフォートさまの研究室にある、あの水槽のことだったんですね」
「あの装置の存在は、光の魔神族の間でも伝説化していて、実際使われることはほとんどありませんが、私はこの目で見ましたからね。瀕死状態であの中に入れられたジエルフォートさまが、回復していくのを」
ジュネスが言った。
「子供の頃、グリアモスに襲われて、お父さまに放り込まれたって……。ジエルフォートさまが話されてました……」
七都が言うと、ジュネスは頷く。
「私は、水の壁の中を流れて行く彼をずっと追いかけました。とても不思議な光景でね。今でもよく覚えていますよ」
「体から抜け出したジエルフォートさまの姿って……あなたは見えましたか?」
七都は、訊ねてみる。
「いいえ。残念ながら。その姿が見えたのは、ジエルフォートさまの父上だけだったみたいです。父上が見えなかったら、そんな話、誰も信じなかったでしょうね」
やっぱり、ジュネスにも見えなかったんだ。
幽体離脱した姿を見える人と見えない人の違いって、何なんだろう……。
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