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「もしかして、水槽から出てきたジエルフォートさまに口づけをしました?」
七都が訊くと、ジュネスは明るく笑う。
この人、とても素直に笑うんだ。
七都は、彼の笑顔を眺めた。
人を見下した感じでもなく、冷たい感じでもなく、何の屈託もなく、本当に心から笑う。
この人もまた、とてもいい人なんだろうな。
シャルディンも、そう言ってたけど。
あの方は、魔神族にしておくにはもったいないくらいのいい方ですよって。
「しましたよ。何度も。水から引き上げられた彼は、この上もなく美しく、エディシルに満ちていましたから。そういえばあなたも、エディシルに満ちていらっしゃる。とても美しい」
ジュネスのネイビーブルーの目に見つめられて、七都は思わず後ずさった。
彼は、あははっと笑う。
「あなたにはしませんよ、そんなこと。ご安心を」
それから彼は、幾分憂いを含んだような、真面目な表情をした。
「また口づけの印が増えましたね、ナナト。四人の魔王さまに愛されていらっしゃる姫君。あなたは、シルヴェリスさまの婚約者だそうですね」
婚約者?
七都は、溜め息をつく。
いつのまにか、婚約者ってことになってる。
ジエルフォートさまだな、そういうオーバーなことをジュネスに言ったのは。
七都は、嬉々として頷いているキディアスを横目で軽く睨んだ。
「婚約はしてません、まだ」
あ、『まだ』なんて言ってしまった。
再び嬉しそうなキディアスと目が合い、七都は再び彼をちらっと睨む。
「そうなのですか。少し安堵しました。魔王さまのご婚約者と踊らせていただくのは、やはり気が引けますからね」
ジュネスが言った。そして彼は、魅力的なポーズで首をかしげ、七都に訊ねる。
「それで、踊れるようになりました?」
「少し……。たぶん、一曲だけなら踊れます。地の魔貴族の、公爵令嬢の女の子に教えてもらいました」
「十分です。私がここに来たのは、あなたにお会いしたかったから。そして、あなたをお誘いするためでもあります」
「誘い?」
「もうすぐ私の誕生日なのです」
ジュネスが言う。
「あ、それは、おめでとうございます」
「ありがとう」
誕生日……。
ジュネスって、いくつになるんだろ。
きっと、何百何十何歳。ジエルフォートさまがそうなのだもの。その幼なじみってことは。
年齢を聞くのって、失礼なことなのかな。
取りあえず、やめておくほうが無難かも。
七都は、何となく判断する。
「それで、その祝いの会があるのですよ。ぜひあなたにも出席していただきたいのです。そして、私と踊っていただきたい」
ジュネスが言った。
「それ……。舞踏会ってことですか?」
七都の質問に、ジュネスが微笑んで、大きく頷いた。
七都は、あせる。
舞踏会!!
その言葉の重みと華やかすぎるイメージに、床の下に沈んで行きそうになる。
「そそ、そんなの無理です。絶対、無理! 舞踏会なんて出たことないし、一曲しか踊れないしっ」
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