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「一曲で十分ですよ。あなたは美しく着飾って、そこにいてくださるだけでいい」と、ジュネス。
「……ってか、その舞踏会、いつですか?」
そうだ。そっちのほうが重要だ。
「十日後です」
「十日……」
七都はその助数詞を、確認するように呟いた。
完璧に、アウト。
やっぱりね。縁がなかったんだ、舞踏会。
ほっとすると同時に、少し惜しい気もする。
「ごめんなさい、ジュネス。十日後なんて無理です。私、もう怪我が治ったので、間もなく風の都に出発します。そして、リュシフィンさまに会ったら、すぐに元の世界に帰らなければなりません。たぶん、あなたのお誕生会が開かれている頃には、元の世界にいると思います」
その頃は、きっと自分の部屋で机に向かって、夏休みの宿題を必死でやってる。
そして、もちろん、そうなってなきゃならない。
私の本来の世界はそこで、私の本当の生活はそこにあるのだもの。
でも、行ってみたかった、舞踏会……。
子供の頃から、そういうのに憧れていた。
きれいなドレスを着て、宝石を付けて。
当然アーデリーズのことだから、ナナトの衣装は私が用意するわよって、頼まなくても言ってくれそうなのに。
そしてもちろん、彼女の選ぶドレスと宝石は、すばらしいものに違いないだろうに。
「そうなのですか、それは残念です。非常に残念だ……」
ジュネスが、寂しそうにうなだれる。
「すればいい。十日後の君の誕生会とは別のものを、ナナトが風の都に行ってしまう前に。たとえば、明日の晩にでもね。ナナトの快気祝いでも、歓迎会でも送迎会でも、理由はいくらでもあるだろう」
背後から、よく通る、聞き慣れた声がした。
キディアスとジュネスが、はっとしてその声のほうを注視する。二人の顔に、ぴりりとした緊張感が走った。
ジエルフォートが、そこに――ガラスの木のオブジェの前に、白い仙人のように立っていた。
「ジエルフォートさま!」
キディアスもジュネスも、優雅に、そして完璧なポーズで、深く頭を下げていた。
七都も、ぎこちなく会釈する。
え。もう部屋から出てきちゃったの、ジエルフォートさま。
アーデリーズは?
ジエルフォートは七都の視線を無視して、ジュネスに引き続き言った。
「それとも、明日の晩では、準備が出来ないかな? どうせ魔貴族はヒマなやつが多いのだから、君の親しい身内くらいは集まるだろう? ナナトも舞踏会は初めてみたいだから、あまり大規模なものでないほうがいいだろうしね」
七都は、彼をしげしげと眺めた。
まるで何事もなかったかのようだ、ジエルフォートさま。
いつもと同じように喋ってるし、表情だっていつもと変わらない。
アーデリーズと愛し合っていたなんて、これっぽちも想像出来ない。
これがオトナの演技力?
それとも、特にびっくりするようなことでもなく、まったくもって当たり前のこと?
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