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「じゃあ、ジュネス。そろそろ帰ろうか。エルフルドは眠っているから、彼女との謁見は中止だ。この屋敷の外も散策してみたかったのだが、それはまた別の機会にしよう」
ジエルフォートが言った。
「ジエルフォートさま。またこちらに……アーデリーズに会いに来てくださいますか?」
七都が訊ねると、彼は機嫌よく頷く。
「そうしたいね。もちろん、また正体を隠してね」
もう正体をばらして、堂々と来ればいいのに。
七都は思ったが、黙っていた。
「では、ナナト。元気で。リュシフィンによろしく。いずれまた会いに行くと、伝えておいてくれたまえ」
キディアスがお辞儀をしたので、七都も再び会釈する。
二人の姿は、客間から、霧のように消え失せた。
そして、扉の向こう側に二人分の足音が響き、それは次第に遠ざかって行く。
彼らは、再びあの黒い扉を開けて、光の都に帰るのだろう。扉を隔てたところにある、ジエルフォートの白い研究室に。
「では、一曲は踊れるのですね、ナナトさまは」
客間が静かになると、キディアスが七都に言った。
「イデュアルに教えてもらったの。あなたはあの城の中に来て、見ていたのでは?」
七都が幾分冷ややかに言うと、キディアスは首を振る。
「あの城には、さすがに入れませんでした。黄色の花に阻まれて。あの公爵家の姫君は、恐ろしい魔力の持ち主でしたよ」
「そうだね……」
七都は、胸のあたりに溜まってきそうになる感情を押さえつけて、呟いた。
「では、もう一曲、私がお教えしましょう。一曲より二曲踊れるほうがいいに決まっています。ついでに、お辞儀の仕方も。明日の晩までに、覚えていただきますよ」
キディアスが、にっと笑う。
「えっ。今から?」
「もちろんです。時間は余りありませんからね。ナナトさまは、もう怪我も完治されてますし、健康そのもの。私なんぞよりもお元気だ。容赦はしません。ああ、ラーディアさんにどこか練習できる場所を貸してもらえるよう、お願いしなければ」
『超ドS』のキディアス・デフィーエ伯爵は、ストーフィを抱きしめながら、弾むような声で、とても嬉しそうに言った。
七都は、うんざりして天井を見上げ、深い深い溜め息をつく――。
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