52人が本棚に入れています
本棚に追加
七都は、お菓子を一つ、つまむ。
やはり、どう見てもビスケット。ハンドメイドっぽい素朴な感じの、チョコレート味。
七都はぱくりと一口かじってみたが、かじった途端、それは口の中で綿菓子のように溶けてしまった。
あとには、カトゥースの香りが残る。
ビターテイスト。甘さはないが、すっきりとした味わいだった。
最初想像したような、ビスケットの、かさかさぱさぱさした食感は皆無だ。
「うん、おいしい。オトナの味って感じ」
七都が感想を述べると、アーデリーズは、くすっと笑った。
機嫌がいい。
目覚めたときにそばにジエルフォートがいなくても、別に問題はなかったらしい。
「よかったね、アーデリーズ」
七都は、彼女に言った。
「え?」
「ジエルフォートさまのこと……」
「ああ……。ありがとう。あなたがいろいろと骨折ってくれたみたいね」
「ううん。だって、二人とも思い合ってるってわかったから。ちょっとつついてみただけ」
「スウェンが言ってた。女の子にあんなこと言われたのは初めてだって」
アーデリーズは、くすくすと笑う。
「でも、私、ちょっと反省してるよ。かなり年上の人に、しかも魔王さまに、いろいろ批判的なこと言ってしまったかもって」
「楽しかったみたいよ。だからあなたの額に印をくれたんでしょう」
「ねえ。アーデリーズ」
「ん?」
アーデリーズはお菓子のかけらを口に放り込み、穏やかな金色の目で七都を見た。
「ジエルフォートさまと結婚するの?」
アーデリーズは、七都の質問に、声をたてて笑う。
「何でそう短絡的なことになっちゃうわけ?」
「だって……」
愛し合っている男女がいれば、当然結婚して、ハッピーエンド。
そうなってほしい。そうでなければならない。
それは、いろんなおとぎ話や本や映画やドラマで培われてきた、女の子としては当然の感覚だ。
「魔王同士の結婚はね、難しいの。お互いに背負っているものが大きすぎる」
アーデリーズが言った。
「そうなの?」
「もちろん、今までそういう例がなかったわけじゃないわよ。でも、うまくいかないことが多いみたい。側近たちの間で、いろいろな問題が起こったりしてね。後継者問題もね。だったら、別にこのままでもいい。結婚なんかしなくても、彼にはいつでも会えるわ。扉一枚隔てているだけだもの。いつも一緒にいられる……」
「なんか、ジエルフォートさまも、似たようなこと言ってた。あなたが眠っている間に、私に会いにきてくれたの。あなたにはいつでも会えるけど、私に会うのはこれが最後かもしれないからって。そのあと、そのまま帰っちゃったみたいだけど」
「そう……」
アーデリーズは、ふっと溜め息をつく。
「彼が言いそうなことね。でも、起きたとき、ひとりぼっちだったので、ちょっとだけ悲しかったわ。たとえこの先、毎日会えるってわかってはいても」
最初のコメントを投稿しよう!