第1章 砂の中の猫

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 やがて太陽が、砂漠を歩く七都を照らし始めた。  七都は昇って行く太陽に向かって、手を広げてみる。  なんて心地のいい光なのだろう。  この領域の外での真夜中の月のように。そして、元の世界の春の日の午後の太陽のように。それは七都をあたたかく包み込む。  突き刺すような暑さや不快感も、全く感じない。  七都は、砂の上に寝転んだ。  いい気持ちだ。  誰もいない砂漠に寝転ぶ贅沢。その日初めて姿を現す太陽の、朝の新しい光を浴びながら。  ここではフードで顔を隠す必要もない。このまま思う存分、昼寝だって出来る。  空は、ラベンダー色に変化していた。  七都の家の玄関で、涼やかな香りを放つハーブの花と同じ色だ。  七都は、その天の色の中に、両手を伸ばした。  この色、果林さんの好きな色だ。  七都は、ふと懐かしく思い出す。  果林さんが持っている服は、セーターもコートもカットソーも、ラベンダー色のものが多い。  華奢な雰囲気の果林さんには、よく似合う色だった。 <えー、またその色の服、買ってきたの?>  七都があきれて言うと、果林さんは恥ずかしそうに微笑んだ。 <だって、この色好きなんだもの>  ……あの日常に、また戻れるかな。遠い夢の中のように思える日常。  でも、私の戻る場所はあそこなのだ。  七都は、目を閉じた。  砂が、さらさらと耳元を流れて行く。  このまましばらく眠ろうか。  門を抜けてずっと歩いてきたし、その前のキディアスのことにしても、グリアモスの女の人のことにしても、随分疲れてる。肉体的にも精神的にも。  深い傷を抱えたこの体は、どんな些細なことにでも、たちまち疲れ果ててしまう。  少しだけ眠ろう。ほんのちょっとだけ……。  そう思った途端、全身から力が抜け、けだるい眠気が体を包み込んで行く。  浅い眠りの中で、七都は誰かの声を聞いた。 (ナナト。ナナト……。やっと来たね……) (誰……?) (あなたが来るのをずっと待っていたの……) (誰……。あなたは……?) (会いたかった。とても会いたかった……)
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