52人が本棚に入れています
本棚に追加
誰かが自分の横に座っている。そんな気配がした。
その誰かは、七都の髪を撫でる。髪から額へ。そして、頬へ。やさしく、いとおしげに。
ナイジェルでもセレウスでも、シャルディンでもカーラジルトでもない、華奢でやわらかい、たぶん女の人の手――。
冷たいけれど、ほのかなあたたかさを中に満たしている、魔神族の手だった。
これは、夢……?
だけど、ずっと昔、この手で撫でられたことがある。
この手を知ってる。
遠い時間の向こうにうずもれてしまっている、懐かしい手の記憶……。
七都は、その手の上に、自分の手を重ねようとした。
けれども、七都の指が触れたのは、七都自身の頬だった。
その手は確かに七都を撫でてくれているのに、七都はその手に触れられない。突き抜けてしまっている。
手があるはずの場所には、まだ少し冷えた朝の空気しかなかった。
やっぱり、夢かもしれない。
このあたたかさも、やさしい手の感触も、全部、私が頭の中で作っている幻なのかも……。
七都は、目を開けて声の主を確かめようとしたが、思い直す。
おそらく目を覚ましたら、たちまち消えてしまう。この手の感覚も、そして手の主の気配も。
起き上がった時には、ラベンダーの空と白い砂漠しか、自分の周囲には存在しない。
これは夢なのだもの。
夢と現実の浅い眠りの狭間にたゆたいながら、気だるげに見ている単なる夢……。
だったら、このまま何もしないで撫でられていたい……。
それでも七都は、話しかけてみることにした。
もしかしたら、夢じゃないかもしれない。その期待も、確かにある。
ここは魔の領域。何が起こっても不思議ではないのだ。
ならば、夢でない可能性も、まだ残っている。
「もしかして、お母さん? お母さんなの……?」
最初のコメントを投稿しよう!