第1章 砂の中の猫

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 誰かが自分の横に座っている。そんな気配がした。  その誰かは、七都の髪を撫でる。髪から額へ。そして、頬へ。やさしく、いとおしげに。  ナイジェルでもセレウスでも、シャルディンでもカーラジルトでもない、華奢でやわらかい、たぶん女の人の手――。  冷たいけれど、ほのかなあたたかさを中に満たしている、魔神族の手だった。  これは、夢……?  だけど、ずっと昔、この手で撫でられたことがある。  この手を知ってる。  遠い時間の向こうにうずもれてしまっている、懐かしい手の記憶……。  七都は、その手の上に、自分の手を重ねようとした。  けれども、七都の指が触れたのは、七都自身の頬だった。  その手は確かに七都を撫でてくれているのに、七都はその手に触れられない。突き抜けてしまっている。  手があるはずの場所には、まだ少し冷えた朝の空気しかなかった。  やっぱり、夢かもしれない。  このあたたかさも、やさしい手の感触も、全部、私が頭の中で作っている幻なのかも……。  七都は、目を開けて声の主を確かめようとしたが、思い直す。  おそらく目を覚ましたら、たちまち消えてしまう。この手の感覚も、そして手の主の気配も。  起き上がった時には、ラベンダーの空と白い砂漠しか、自分の周囲には存在しない。  これは夢なのだもの。  夢と現実の浅い眠りの狭間にたゆたいながら、気だるげに見ている単なる夢……。  だったら、このまま何もしないで撫でられていたい……。  それでも七都は、話しかけてみることにした。  もしかしたら、夢じゃないかもしれない。その期待も、確かにある。  ここは魔の領域。何が起こっても不思議ではないのだ。  ならば、夢でない可能性も、まだ残っている。 「もしかして、お母さん? お母さんなの……?」
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