第1章 砂の中の猫

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 声は答えなかった。七都を撫でる手の動きも、止まってしまう。 「お母さんなのでしょう? 黙ってても、私にはわかるよ……」  手は、再び七都の髪をやさしく撫で始めた。  七都の質問を肯定するかのように。 「ねえ。お母さん。ちゃんと生きてるよね。幽霊なんかじゃないよね?」  その手の主は、ちょっと笑ったようだった。  よかった。生きてるみたい……。  七都は、安堵する。 「お母さん。どこにいるの? 私も会いたいよ……」 (私は、いつも、あなたを見守っているわ……)  声がささやいた。  ああ、やっぱり、お母さんなんだ……。  きれいな声。  大人の女の人の声じゃなくて、まだ少女のようなか細さの残る、でもやさしい声。  別れたとき、私は小さくてまともに喋れなかっただろうから、お母さんとお話するのって、きっと初めてだよね……。 「お母さん。見守ってくれてるだけじゃ、嫌だ。会いたいの。こういう夢とか幻じゃなくて、実物のお母さんに会いたいの」  七都が呟くと、困った子ねと言いたげに、手は七都の額を覆う。 (……私に会うためには、あなたには、ある覚悟がいるわ……)  声が言った。 「覚悟? それ、私にとって、あまりよくないことなの?」  声は答えない。  手の主は、黙ったまま七都の髪を撫でる。  悲しく、せつなくなるくらいの懐かしい感覚。   遠い遠い幼い頃の記憶が、よみがえりそうになる。  しばらくこうしていよう。  とても安心出来る。  大切に、とても大切に思われている。宝物のように。  そんな感情が、手を通して伝わってくる。  そして、この手に守られている。そんな気がする。  夢かもしれない。でも、夢でもいい。 「お母さん。もし会えたら、いっぱいお話がしたい。でも、その前に、ちょっと文句言ってもいい? ううん、その前に、お母さんに抱きしめてもらおうかな。だけど、やっぱりそういうことの前に、会った途端、泣いちゃうかもしれない……」  その手は、やさしく七都の頭を撫で続ける。 「お母さんがそばにいてくれるなら、このままここで、少しだけ眠ってもいいよね……?」   七都は、その心地よい感覚にもたれかかるようにして、深い眠りに落ちていった。
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