52人が本棚に入れています
本棚に追加
声は答えなかった。七都を撫でる手の動きも、止まってしまう。
「お母さんなのでしょう? 黙ってても、私にはわかるよ……」
手は、再び七都の髪をやさしく撫で始めた。
七都の質問を肯定するかのように。
「ねえ。お母さん。ちゃんと生きてるよね。幽霊なんかじゃないよね?」
その手の主は、ちょっと笑ったようだった。
よかった。生きてるみたい……。
七都は、安堵する。
「お母さん。どこにいるの? 私も会いたいよ……」
(私は、いつも、あなたを見守っているわ……)
声がささやいた。
ああ、やっぱり、お母さんなんだ……。
きれいな声。
大人の女の人の声じゃなくて、まだ少女のようなか細さの残る、でもやさしい声。
別れたとき、私は小さくてまともに喋れなかっただろうから、お母さんとお話するのって、きっと初めてだよね……。
「お母さん。見守ってくれてるだけじゃ、嫌だ。会いたいの。こういう夢とか幻じゃなくて、実物のお母さんに会いたいの」
七都が呟くと、困った子ねと言いたげに、手は七都の額を覆う。
(……私に会うためには、あなたには、ある覚悟がいるわ……)
声が言った。
「覚悟? それ、私にとって、あまりよくないことなの?」
声は答えない。
手の主は、黙ったまま七都の髪を撫でる。
悲しく、せつなくなるくらいの懐かしい感覚。
遠い遠い幼い頃の記憶が、よみがえりそうになる。
しばらくこうしていよう。
とても安心出来る。
大切に、とても大切に思われている。宝物のように。
そんな感情が、手を通して伝わってくる。
そして、この手に守られている。そんな気がする。
夢かもしれない。でも、夢でもいい。
「お母さん。もし会えたら、いっぱいお話がしたい。でも、その前に、ちょっと文句言ってもいい? ううん、その前に、お母さんに抱きしめてもらおうかな。だけど、やっぱりそういうことの前に、会った途端、泣いちゃうかもしれない……」
その手は、やさしく七都の頭を撫で続ける。
「お母さんがそばにいてくれるなら、このままここで、少しだけ眠ってもいいよね……?」
七都は、その心地よい感覚にもたれかかるようにして、深い眠りに落ちていった。
最初のコメントを投稿しよう!