第1章 砂の中の猫

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 七都は、薄く目を開ける。  ラベンダー色の空が見える。魔の領域のシールドによって作り出された、まがい物の空の色。  だが、それは溜め息が出るくらいに澄んで、美しい。  七都を撫でてくれたあの手の感覚は、もうなかった。横に座っていた気配も消え去っている。  行ってしまった……。  七都は、言い知れぬ寂しさを感じる。  でも……。  お母さん、私を見守ってるって言ってた。  今もきっと、どこかから見ていてくれてるよね……。  それに、絶対いつか会える。そう信じる。  七都は、視界の中に、ラベンダーの空を縁取るような感じで、顔がたくさん並んでいるのに気づく。  そのたくさんの顔たちは、七都をじっと見つめていた。  ああ、前にもこんなことがあった。  こんなふうに、何人もの人に見下ろされていた。  あれは、シャルディンの夢を見ながら、ピアナの花畑の中に寝転んでいたとき。  旅人たちが、行き倒れになっているんじゃないかと心配して、輪になって私を見下ろしていた……。  輪になって……?  七都は、大きく目を開ける。  七都を見つめているたくさんの顔が、七都の目の中ではっきりと焦点を結んだ。  その顔は銀色だった。  つるつるに磨かれた鏡のような顔の表面には、七都の顔と白い砂が映っている。まるで、巨大な丸いスプーンが並べられているかのように。  球状の頭の上部にはラベンダー色の空が映り、頭の両端から出ている三角形の尖った部分には、太陽の光が地上に降りた星のように集まって、止まっていた。  顔のパーツは、二つの目だけだった。鼻も口もない。  その貴重な存在である目は、少し盛り上がったオパール色の小さな円をはめこんだだけのもの。そこに二つ並んでいるから目だとわかる、シンプルすぎるパーツだった。  そして、七都を見下ろすたくさんの銀色の顔は、全部同じ顔をしていた。  すなわち、すべて銀色の球体の顔に丸い目だ。  頭の上に二つくっついた尖った三角は、どうやら耳らしい。  そういう顔がずらりと並んで輪を作り、黙って七都を見下ろしている。  もちろん、人間の旅人たちではないし、魔神族でもなかった。  七都は、飛び起きる。  その物体は、七都を中心にして円を作り、等間隔に並んでいた。  高さ五十センチ弱くらいの、金属のおもちゃのようなもの。 (猫の……ロボット?)  七都は上半身を起こしたまま、自分を取り囲んでいるその物体を順番に眺める。  丸い顔に三角の耳。真っ直ぐな円柱の先に、ボールをかぶせたような手と足。  すべて球や直方体などの図形の組み合わせで出来た、機械の体だった。  まるで子供が描いた猫のイラストをそのまま立体化したような、銀色のロボットだ。  後ろ足だけで、人間のように砂の上に立っている。となると、当然、二足歩行なのだろう。  釣り針のような形をした尻尾も、ちゃんとついている。  猫ロボットたちは、寸分違わずすべて同じだった。そして全員、顔を同じ角度で七都のほうに傾けていた。  だが、その視点はずれている。  猫ロボットたちの視線の先には横たわった七都がいたわけだが、七都が起き上がった今となっては、視線とその目標地点が、明らかに外れてしまっていた。  七都が体を起こしても、猫ロボットたちはそのまま動かなかった。七都に合わせて、自分たちの動きを調節しようともしない。  最初からその姿勢で置かれたおもちゃのロボットのように、微動だにしなかった。 「な、何なの、これ。何なのよううっ……!!」
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