相棒誘拐

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相棒誘拐

「鈴木 太郎です。弟子です」 「いや、してねーよ。弟子に」 食堂の廊下は広い。そのど真ん中で、鈴木はうんこ座りで自己紹介する。頭はポッコリとコブが出来ている。 「かわいい弟子を殴るなんて酷いっす」 ぷるぷる、っ、。 「弟子にしてねーよ何度言わせんだ、てかかわいくねーよ」 眉間に皺を寄せて佐藤は鈴木を睨み付ける。 ぷるぷるっ、ふらっとんっ。 鈴木のうんこ座りが限界を迎え膝を着く。 筋肉が見た目通りないのか、自分の体重を数分も支えることができないようだ。 「鈴木太郎ってふつーすぎるな、お前」 単純な感想が佐藤の口を突く。 「佐藤 勉に言われたくないっす。見た目からして勉じゃないっしょ」 「あ?!どこがだよ、母ちゃんは賢く人生生きろって意味込めて良男(よしお)っぽくつけたんだよっ、見た目からしてそのとーりに育ってんだろが!」 「見た目からして悪男(わるお)ですよ、悪男の見た目見本そのものっすよ」 「なんだと?!てめー、何でオレの名前知ってんだ?」 「有名ですからね、佐藤さん」 死んだ目をキラリと光らせる。濁った光だ。 「ふん、わかってんじゃねーか」 満更でもなさそうに佐藤が鼻を鳴らす。 「オレは、」 ーーっシュンッッッーーーー 「へ?」 突然、二人の間を何かが割った。 壁に勢いで張り付いたそれは振動でビヨンビヨン揺れている。 「なんだぁ?」 「矢ですね」 吸盤の矢尻の矢に手紙が巻いてある。 「漫画とかでよく見るやつっすね」 「なになに?」 佐藤が手紙に目を通す。すると、手紙を持っている手が震え始めた。 「どしたんすか?」 「な、なんてこった」 鈴木が横から手紙を読み始める。 さとーつとむくんへ おげんきですか?ぼくはげんきです! あいぼーをゆーかいしたよ。 よかったらひがしこーしゃのたいくそーこにきてください。 まってます。 「……こ、」 「オール平仮名。そして、うを伸ばしてる。なんて恐ろしい」 佐藤の震える声を遮って鈴木が別の意味で震えた。 「こ、」 「手紙からでも隠しきれないほどバカが滲み出てますね」 「こう、」 「しかも、たいいくをたいくって。小学生、」 ぱんっ、! 「痛いです」 佐藤が鈴木の頭を叩く。 「俺の言葉に被せるなっ!」 「どうぞ」 鈴木が手を添えて促す。佐藤はこほんと改めて口を開いた。 「こ、コウジが…誘拐された、だと?」 サスペンスの音楽が聞こえる気がした。 驚愕の表情で佐藤は手紙を持つ手を小刻みに震わせる。 「そんな、ばかな。あいつが、誘拐なんてされるはずが…」 「コウジさんとは?」 「コウジは、オレの唯一無二の相棒だ」 鈴木が一つ瞬きをする。 「相棒がいたんすね」 「ああ。アイツは人前に出るのが好きじゃねーんだ。出すと腰が重いし。知らねー奴も多い」 「ジジイなんすか?」 「なめんじゃねぇ、コウジはオレでさえ扱いが難しーんだ。何度アイツに腕をやられたことか」 「そんなに強いんすか」 「ああ。アイツと組めるのは間違いなくオレだけだ」 「そーすか。残念すね、コウジさんがもうこの世にいないとは…」 「殺すんじゃねぇ!!コウジはオレが助ける!待ってろコウジっっ!!!」 佐藤は駆け出した。 「…ちっ」 残された鈴木の舌打ちが廊下に木霊する。 「相棒がいたのか、邪魔だな。下克上にはまず、その相棒より信頼を得なくちゃいけねーか」 鈴木の瞳なのか、声音か、それとも誰もいない廊下のせいなのか。一段と暗い闇に言葉が呑み込まれていったーーー
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