コウジ!

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コウジ!

キーンカーンカーンコーン… 昼休み終了のチャイムが校内に鳴り響く。 「佐藤の奴来ると思うか?」 「来るだろ、あいつがコウジを見捨てるなんてありえねぇ」 「ああ!今度こそ佐藤の座は俺達が頂くぜ!」 暗く埃っぽい体育倉庫で、小さな会話がコンクリートに吸収されていく。その時ーー ガッ、ゴゴゴゴゴー 体育倉庫の鉄扉が重い音を立てて開いていく。 暗い倉庫に外の光が徐々に幅を広げて差し込む。 「来た!」 待ち構えていた奴等の広角が吊り上がる。 「コウジーーー!!!どこだーー!」 コウジを助けに来た佐藤の大声が倉庫中に響き渡る。 「よく来たな、佐藤!」 「てめーらか、コウジを誘拐したのは!」 佐藤の前に学ランを着た三人の生徒が姿を現した。 「コイツを助けたきゃ佐藤、お前の座を俺達によこせ!」 「コウジっ!!」 「おっと動くな、下手に動けばコイツがどーなるか」 「どーなるも、こーなるも、どこにコウジさんがいるんすか?」 「?!!、」 三人組と佐藤が一斉に声の主を見る。 「お、お前は!」 「鈴木です」 目を細めて前方を伺う鈴木が三人組に律儀に自己紹介をする。佐藤の背後にひょろひょろと駆けてきて薄暗くてよく見えない敵に目を凝らした。 「ついてきたのか、てめー」 「今日は一生分走ってしまったのでもう大福がないと回復できないっす」 「大福で一生分取り戻せんのかよ」 「で、コウジさんはどこに?」 さらっと無視して鈴木は前方を一人ずつ順番に観察していく。 薄暗くて顔までは見えないが、シルエットはわかる。右からパンチパーマ。モヒカン。アフロ。 誘拐されたコウジらしき人物は鈴木の目に映らない。 「てめーの目は節穴か!よく見ろ!コウジが今にもやべぇ!」 「?」 佐藤の顔に緊張が走っている。鈴木にもそれは感じ取れ、もう一度視線を前方に戻し目を凝らす。 今にもやばいって、どこにも…。 右から順に観察していく。 パンチパーマは竹刀を持っている。 単純に危ない。 真ん中のモヒカンは水の入ったペットボトルを持っている。 ペットボトル?攻撃が読めない。 左のアフロは、両手で分厚い辞書を抱えている。 …。なんで辞書持ってんだ、こいつ。しかもずっと持ってて重いのか手震えてるし。 鈴木が観察しているアフロの腕は、辞書の重みでプルプルと震えている。 「コウジさんどころか、持ち物がバカすぎて理解できないんすが」 「だからよく見ろ!あれだ!あいつがコウジだ」 佐藤が、佐藤自信には見えているコウジを指差す。 鈴木はその指の先を目で辿っていった。行き着いた先はアフロ。の、辞書。 「だから、ただの分厚いじ、はっ!!」 「気づいたか!!」 鈴木は死んだ目を見開いた。 まさか、そんなことが、っ。 コウジの正体に気付いた鈴木は愕然とし、言葉が出てこない。 ゆっくりと首を動かし、佐藤に問いかける。 「佐藤さん、あれが、相棒ですか?」 「そうだっていってんだろ、唯一無二の相棒。コウジだ!」 鈴木は佐藤から再びアフロ、の、辞書に目を戻す。 アフロが持っている分厚い辞書。それは 「こうじ、えん」 「そうだ。オレの相棒、コウジって呼んでる」 「……」 佐藤の相棒の正体、まさかの辞書、広辞苑。それを佐藤は人のように紹介する。 「…腕が何度もやられたってのは」 「こうじは体重がやべぇ。長時間扱うと腕がイッちまう」 「頭がやべぇ」 「あ?」 「なんもないっす」 予想外の衝撃が鈴木の頭を殴った。 …いや、まぁ、人間じゃなかった分、自分の計画はむしろ好都合。 鈴木は頭の衝撃を無理に払おうと落ち着かせる。 「何そっちで話してんだ!こいつがどーなってもいいのか?!」 「やめろっ!」 佐藤の顔色が変わる。 真ん中のモヒカンが、持っていたペットボトルを、横のアフロが持っている広辞苑に、いや、コウジに傾けようとする。 「あー、そーゆーこと」 鈴木が納得したとばかりに手を叩く。 「紙だから。水を、ね」 「コウジ!待ってろ、今助ける!」 佐藤が三人組へ走り出す。 「もう走れないっすよー」 鈴木がふらふらと後ろに付いていく。 「それ以上近づくな!」 モヒカンがペットボトルの蓋を開ける。 「くっ!」 佐藤はキキッと急ブレーキをかけ足を止めざるを得ない。 距離がある程度詰まったところで、薄暗くて見えなかった三人組の顔がハッキリと見えた。 「あ」 「」 鈴木と三人組の声が重なり、お互いを指差す。 「どした?」 佐藤が鈴木を促す。 「さっき、パンを譲ってくれたばかな、いや、親切なヤンキーっす」 「て、てめぇは、あのスーパーサイヤ人のおばちゃんに恋患ってるモヤシ…」 「あ?」 佐藤が顔をしかめる。 「お前、佐藤の仲間かだったのか」 パンチパーマが眉を八の字に歪める。 「てめぇとおばちゃんの事、見守ってやりたかったぜ」 モヒカンが辛そうに顔を背ける。 「応援はしてる。だが、それとこれは別だ。恨むなよ」 アフロがコウジを抱き締めるように顔を埋めた。 三人組の言葉を聞いて佐藤は理解したという顔で鈴木を見る。 「鈴木、てめー、まさか!」 佐藤がよろよろと後退る。 「ホント、なのか…?」 「ほんとだ!俺達はこいつのおばちゃんへの熱意に負けてパンを譲ったんだ!」 「!!!」 パンチパーマが答えた言葉に、佐藤の身体は雷に打たれたような衝撃が駆け巡った。 目を見開いて、佐藤は小さく口を開いた。 「鈴木、てめーは。あのおばちゃんと…」 ごくりと生唾を飲み、意を決したように力をいれ、また口を開いた。 「スーパーサイヤ人のおばちゃんと、フュージョンしたいって、ことなのか…」 「………」 鈴木は死んだいつもの目で佐藤を見詰めた。いや、いつも以上に死んでるように見える。 「いや、悪かった。何も言うな。そーだよな、恋はかんけーなく訪れるもんだ。サイヤ人だろうとナメック星人だろうと」 「ナメック星人もいるんすか」 「いい!何も言うな!わかってる!」 佐藤は鈴木に手の平をバッと伸ばし発言を制する。 「ナメック星人は教頭だな」 「ああ、口から何か生みそうだもんな」 「ハゲてるしな」 三人組がうんうんと頷き合う。 「どんな教頭なんすか」 「いや、それがよぉーー?」 アフロが手を笑ってパタパタさせながら鈴木に喋ろうとした時、自分の異変に気付いた。 「あれ?手が軽いな…?!」 「はっ、コウジ!」 佐藤が、いつの間に鈴木の手に移動していたコウジに気付く。 「い、いつの間にッ?!」 アフロが問う。 「てめぇ、さては前世は忍者と見た!」 「違いねぇ!パンの時もいつの間にか盗まれてた!」 「てめぇ、サイヤ人じゃなく、ナルトだったか!」 最後の言葉は佐藤だ。 「喋ってるときに普通に歩いて抜いただけっす。あと、サイヤ人はおばちゃんです」 「嘘つけ!気配を感じなかった。はっ、」 三人組と佐藤が一斉に顔を見合わせた。 「そうか」 「そっちだったか」 「ナルトでもねぇ」 「」 「いや、もうジャンプネタはいいっす」 鈴木がそろそろと言わんばかりにシャットアウトした。 「切り替えましょう」 鈴木の言葉とは裏腹な気の抜けた声で佐藤の顔がグッと引き締まった。 「でかしたぞ鈴木!」 「まさか、これでジャンプから切り替えられるなんて、なんて単純なんだ!」 モヒカンが焦る。 「オレは今ドラゴンボール読み返したくてうずうずしてるってのに!」 パンチパーマが頭を抱える。 「バカなのは切り替えできねーてめぇらだ!鈴木!コウジを!」 コウジを促された鈴木は強く頷き、両手に抱えたコウジを佐藤に投げ、 ごとんっ! 「あ、すいやせん」 「コージーーー!」 佐藤が急いでコウジを拾い上げる。 「いやー、重くて腕が上がらないっすね。コウジさん、ダイエットしたほうがいいかもっす」 「ぶじか、怪我はないかコウジ!」 佐藤が両手でコウジの安否を確認する。 「大丈夫そうだな!よしっ!」 コウジは無事らしい。 佐藤は両手でコウジを抱えながらゆっくりと立ち上がった。 三人組がはっと、事態の急変に気付き始める。 「空気が変わった」 鈴木がぼそりと呟く。 佐藤は三人組を真っ直ぐに睨み付けた。 「てめーら、よくもコウジを危ない目に合わせてくれたな。コイツはな、オレにとって唯一無二のダチなんだよ!」 「めっちゃ寂しい人っすね」 鈴木の呟きは誰の耳にも入らない。 佐藤はスーパーサイヤ人の如く、リーゼントを逆立たせ…、てはないが、ポーズはバッチリだ。 三人組は生唾を飲み込む。 「や、やべぇ。コウジが、佐藤の元に!」 見るからに焦りだした。 佐藤は両手でコウジを天に掲げた。 「覚悟は出来てるだろうな」 三人組が後退る。 「いくぜっ!」 合図とともに佐藤はコウジを持つ片方の腕を下げた。コウジを支えているのは腕一本。 「出たぜ、あれがコウジを片腕だけで支える伝説!」 「ああ、あれを見たら最後、立ってた奴はいねーとか」 「東校舎を牛耳る男、東番長 佐藤勉!」 うおおおおおおーーー!!! 佐藤がコウジを片腕で上げたまま三人組目掛けて物凄い勢いで走ってきた。 「来た!どうする」 「ばか、逃げんだよ!」 「で、出口が!」 逃げようと鉄扉に目を向けたモヒカンが顔面蒼白になる。 「にぃぃぃー」 鈴木が鉄扉の前で口角を上げ、黒く笑んでいる。 その手には接着剤アロンアルファーー 「こいつ、イカレてやがる!」 「自分も閉じ込められるってわかってまさか!」 「どうやって出りゃいいんだ、アロンアルファはくっつけば車も吊り上げちまうってCMでやってたぜっ」 「あ…」 「」 鈴木と三人組の口が丸く開く。 「…どうやって出りゃいいんすかね」 三人組が頬に手を添えて白目を剥く。ムンクの叫びの実写版のようだ。 「」 「ゴチャコヂャうるせーーー!!!!」 ごとんっ 佐藤の大声とともに鈍く重い音が倉庫中に響き渡った。 「ひいいいいつっっーー」 アフロとモヒカンが震え上がる。 まるで、頭がごとんっと落ちたように見えた。 体重目一杯のコウジを上から振りかざされ、その重みのままパンチパーマの頭に命中。 コウジとともに頭が地面に落ち、首が取れたかのような錯覚を覚えた。 「死んだな」 涼しい顔で鈴木がぼそりと呟く。 パンチパーマは床にうつ伏せたままピクリとも動かない。その手に握る竹刀を使うことはなかった。 腰が抜けたモヒカンとアフロは地面に後ろ手をつきがくがくと震えるしかできない。 佐藤が一歩、一歩と近付く。 「く、くるなっ」 佐藤の目がカッと見開き、コウジをモヒカンに振りかざす。 「ぎゃああぁぁあぁあ!」 モヒカンの足の小指にはコウジがどすんっと落とされていた。足の小指だけを狙って。 「恐ろしい程に地味な攻撃だ」 鈴木の突っ込みも残されたアフロには聞こえない。 「これで終いだ」 佐藤が足の小指の上に乗ったコウジを拾う。 「あ、あ、あ、」 モヒカンの断末魔がアフロの耳の奥で木霊している。 アフロはもう声すら出ない。 「くらいやがれっ!!」 バッ!!とコウジを勢いよく開いた。 最終奥義・コウジの活字!! 「がくっ、ぱたっ」 アフロは泡を吹きながら倒れたのであった。 「最終奥義、それなんすか?」 「ふっ、見たか。これがコウジの真の力。この活字を見せられれば一溜まりもねぇ。」 ふう、と息をつき、佐藤は自分に活字が見えないようにコウジをそっと閉じた。 「ちっ、やっぱ暴れ馬だなコウジ。腕がまたやられた」 「やられてんの、頭の方じゃないっすかね」 佐藤がパタパタと腕を回しながら額の汗を拭う。その顔は憑き物が落ちたように晴れやかだ。 ありゃ、腕痛めるわ。 鈴木は死んだ目で見詰めた。 「たくっ、変なのに巻き込まれたぜ。昼休み過ぎちまった。早く帰って、ん?」 「あ」 佐藤が鉄扉に手をかけ首を傾げる。 その動作で、すっかり忘れていた大事なことを鈴木は思い出した。 「開かねーぞ?」 両手で力ずくに引っ張ってもビクともしない。 「…立て付けが悪いんすかねー」 鈴木は涼しい顔で微笑んだ。
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