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     *◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*  昨日から始まったヴォーカル録りは、なかなか好調だ。龍樹がゴールデンウィーク明けから続けてる筋トレは、今も続いてる。始めた時は夏のシータ再結成でのゲストヴォーカルの為だったからそこまでの予定だったけど、そのままジャックの為に移り変わった。  若い頃はそんなことしてなかったし、弾き語りの為にはやらなかったけどな。やっぱり40越えてもう一度本格的にヴォーカルをやろうとなると、こういうことが欠かせないんだろう。  俺もイリュージョンではヴォーカルなんだからやった方がいいよな、とは思うけど、どうもそういうのは苦手だ。それを思うと、龍樹は立派なヴォーカリストだよ。  平日は龍樹は会社があるから、ヴォーカル録りとコーラス録りは4週に渡って週末にやっていく。加えて平日はゲストギター録りとオーヴァーダビングをやるっていう並行作業で進む。  今、龍樹がブースの中で歌ってるのは、ラストナイトだ。ちょっとバラード寄りのこの曲が一番時間がかかりそうだから、と3連休の今週にあてた。その辺の配分は龍樹にお任せ。歌う本人が一番よくわかってるだろう。  当初の予想よりスムーズに、昨日で半分くらい録れた。今日でほぼ完成させて、明日は細かいところの録り直しをすることにしてる。  それにしても、ほんとにいい声なんだよな。  高校時代のルージュレイズの時と、あまり変わってない。少年みたいで、少し高くて、割とクセの強い、哀愁を感じる歌声。  テクニック的に上手いかどうかで言えば、あまり上手くはないのは俺だってわかってる。でも、思春期特有の無菌室から出たくない、このまま少年でいたい、みたいな切実な哀しみや苦しさみたいなものを感じさせる響きは独特だと思う。  俺はそこが好きなんだ。  ずっと聴いてきてはいたけど、ルージュレイズ再結成の時に改めて聴いて、この歌声をどうしても諦めきれなくなった。どうにかして、バンドサウンドで、俺のギターでこいつの歌を引き立てたくなった。  こいつの声には、俺のギターが一番合うはずだってのは、疑ったことがない。  ルージュレイズの解散後、シータにベーシストとして加入するって決めたのは自分だけど、龍樹が結成したディアのライブを見に行くのは、正直面白くなかった。  あいつの声は聴きたいけど、俺以外のギターで歌ってるっていうのはどうしても最後まで受け入れられなかった。  だから、ディアが解散してメジャーから引退するって話をされた時はほっとした。勝手だよな、俺は。 「玲次、どう」 「うん?」  急に入って来た俺の名前にはっとする。 「聴いてなかったのかよ。今のテイクでどうって聞いてんだけど」 「聴いてた。いいんじゃねぇの?」 「良くない」  ガラスの向こうで、龍樹は頬を膨らませる。 「やっぱ聴いてない。ちょっと、今のテイク聴き直してよ」  やべ、機嫌損ねたな。ほんとに聴いてたけど、俺には問題なく聴こえたんだけどな。  今録ったテイクを再生する。  ラスサビへ入る前のCメロだ。
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