19-4

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「クリスマスケーキ」 「玲次が!?」  そんなに驚かなくてもいいだろとは思うけど。  驚くよな、そりゃ。  喉元まで出かかった、通りがかりに半額だったから、なんていういつもの嘘をぐっと飲み込む。 「クリスマスだから」 「…どうしたんだよ」  気が狂ったのかとでも言いたげに、俺の顔を穴が開くほど見つめる。 「食うだろ?」 「うん。食べるけど…そっちは?」 「ビールとコーラとつまみとチキン」 「チキン!?」  すれ違っていく人達が振り返る。恥ずかしいから大声出すなよ。 「帰るぞ?」 「あ、うん」  俺が自宅方向に歩き始めると、龍樹も慌てて隣についてくる。 「何かあったのかよ」  あったよ。お前が去年家出したんだよ。忘れたか。  でもきっかけはそれだけど、もう違うものになってる。ただの機嫌取りから、こいつを喜ばせたいが為の行動に。 「嫌か?」  龍樹は思い切り首を振る。 「お前が嫌なんだと思ってたから」 「あー、な」  こないだまでは嫌だったよ。 「ま、いいだろ。たまには」 「…うん。どれくらいぶりかな、こういうの」  龍樹の声が明るい。それだけで、荷物の重さなんかすっかり忘れられる。  歩きながら、今日の仕事の話なんかを聞く。龍樹は結構話したがりだから、俺は会ったこともない上司や部下のことまで知ってる。  ミュージシャン崩れで高卒の龍樹を中途採用してくれた会社は、いい環境みたいだ。一応機械科卒ってとこを買ってくれたらしいけど、現場に出てたのは初めの数年だけで、それから内勤に異動、今は総務課にいる。それなりに仕事は面白いらしいし、意地の悪いヤツもいないって話だ。  別に給料が高いわけでも、休日が多いわけでもない職場だけど、休みが取りやすくて人間関係がいいのは何よりだ。  マンションに辿り着いて、エレベーターで5階へ。  家のドアを開けると、俺が靴を脱ぐのに置いた荷物を、先に上がった龍樹がリビングに運び込む。 「うわ、ほんとにチキンだ!」  子どもみたいな声をあげながら、袋に入れられたチキンを覗き込んでいる。 「ちょっと冷めたね。チンしよ。あ、すごいじゃん、オードブルセットとか」 「オードブル?」  龍樹が手にしたパッケージを俺も見てみると、確かにラベルにオードブル、と書いてある。こういうのをオードブルって言うのか。
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