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「レイジくん聞いて!」
レコーディングスタジオに入ってきた芳之は、挨拶もすっ飛ばして勢い良くこう来た。
今日は俺の新しいユニット、コキーユサンジャックのギターレコーディングだ。芳之は、ゲストギタリストとして3人オファーしたうちの一人。芳之と普段やっているバンド、セルスクェアでは俺はベースだから、こいつとのツインギターを録るのは初めてだし、結構楽しみだ。
で、何を聞いて欲しいんだ。
「おはよう芳之。何だ?」
「あのね、山登りするんだ」
「山登り!?」
どう見ても、芳之がそんなアウトドアなことをするとは思えない。こいつがセルスクェアに加入して5年半になるけど、そんなことをしてるとは聞いたこともないし。
何がどうなって山登りなんだ。
わけがわからずに、芳之の後ろから入って来たサキさんの顔を見る。サキさんなら解説してくれるはずだ。
サキさんは苦笑して、芳之の頭をぽんぽん、と叩く。
「芳之、山登りはしないぞ」
「えっ? 違うの?」
「違う。山の上ホテルだ」
「山の上なんでしょ?」
山の上ホテルってあれか。あの高級そうな有名ホテルだよな。
「神田だよ。山じゃない」
「そうなの? 山じゃないの?」
山の上ホテルが山かどうかは、俺にとってはどうでもいいんだが。
「山登りはしなくても着く。ほら、お前は早くセッティングしろ」
「はーい!」
芳之は機材とギターを持って、ブースに入って行った。
「サキさん、山登りするんですか」
「しないよ」
笑いながら聞くと、サキさんは肩を竦めて手近な椅子に腰掛ける。
「クリスマスに山の上ホテルのディナーに連れて行ってやるんだ」
「へぇ…」
高級ホテルでクリスマスディナーですか。いかにもサキさんっぽい。
サキさんはセルスクェアのヴォーカリストでもあるけど、うちの事務所とレコード会社の社長だ。他にもいくつか会社を所有してる。生まれ育ちも桁違いのセレブだから、そういう場には慣れてるんだろう。
「ホテルのディナーなんか、あいつは初めてだからな。昨夜教えてやったら、それからずっとはしゃいでる」
「珍しいですね」
芳之はあのキャラだ。大人しく食事が出来ない、と以前にサキさんがこぼしていた覚えがある。だから、静かな店には連れて行けない、と。
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