佳人の肖像

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 と、言われても。  自宅の納戸に脚立を持ち込み、アツヒロは父親、どころか祖父の代からの遺産を掘り返していた。(みんなそろって写真キチだったらしい。これぞ血は争えないというやつだ。)  アルバムの類は本棚にささっているが、大小の缶や箱に入っているのはフィルムやネガだとか。動かすとガラガラと音がするものもあり、開けるとびっくり、小さな円筒状のものがゴロゴロ入っていた。後で確認したら、APSというフィルムだそうだ。  そこでアツヒロは今回、初めてネガの実物を見た。濃いブラウンの薄いフィルムに、反転したミニマムな世界が映り込んでいる。何とも奇妙なものだった。アツヒロはネガを光に翳しながら、首を傾げ、それでも飽かず眺めた。  そしてその過ぎし日のお宝の中に、妙な箱を見つけた。  多くの箱や缶は、乱雑ではあるが祖父や父親の筆跡らしき文字で中身のメモが書かれているが、その古ぼけた紙箱だけは何も書かれていない。開けてみるとネガと何かの記録らしい日付や数字が並んだメモと、幾らかの現像された写真が入っていた。粗悪な紙は日やけし放題だし、書かれた文字もかすれているが、英語も混じっているようだ。  アツヒロは箱を手に納戸を出ると、居間でやはりカメラの手入れを始めていた父親に訊ねた。 「父さん、これ何?」  ん? と父親は箱を覗き込み、首を捻る。どうやら覚えがないようだ。しばし考えていたが、そのうち、あっと声を上げた。 「これ、兄貴のだ」 「え、伯父さんの?」  伯父は父と一回り以上離れており、かなり学業優秀だったそうだ。カメラ会社に就職して今は海外勤務だ。おかげでほとんど逢う機会はないが、アツヒロは密かに憧れている。なんせ就職先が羨ましい。 「うわー、懐かしいなあ、わら半紙だ。よく残ってたな。大学時代のやつじゃないかな」  大学、というとけっこう有名なところだった気がする。アツヒロが記憶の発掘作業をしつつ、「工学部とかだっけ」と聞けば、「いや」と父は首を振った。 「たしか惑星とか地学とかじゃなかったかな。よく測定とか観測とかで出掛けてたし」 「マジで。なんかカメラから遠くない?」  「いやそうでもないぞ。ああいうところはとにかく写真、撮るだろ。撮影の練習が出来るし、機材も使えるし、暗室作業も上達するし、一石三鳥だ」  言われてみれば、と思うけれど、 「それって公金横領、じゃないけど、公共なんとかの私的流用じゃないの?」  とアツヒロが突っ込めば、「昔はもっとおおらかだったんだ。最近は世知辛いよな」と父は肩をすくめた。そして、いずれにせよ、と仕切り直すと真顔で呟く。 「天体観測がてらに撮影だぞ、妬ましいにも程がある」  それには異論はない。アツヒロも頷いて、結局、再び件の箱を抱えて納戸に戻った。
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