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「あれ…?」
そのネガフィルムの最後の一枚に、思わず声が出た。
長峰は目を細めて確かめたが、おそらく間違いない。ある人物のポートレイトだった。他に巡検の撮影フィルムは相当数あったが、基本は記録用なので人物が写っているカットは少ない。せいぜい、共同研究者や協力者、施設のメンバー等と記念撮影を兼ねて撮ったものが数枚。勿論、他にポートレイトは一枚もない。
少し迷ったが、長峰はそのフィルムを先にプリントすることにした。
印画紙に浮き上がった姿は、やはり予想通りの人だった。艶やかな黒髪と白く滑らかな頬に、切れ長の目が印象的だ。雛人形のような美貌はしかし、少し険しい。
否、鋭利で、何処か切実だった。
長峰は画の定着を待って、ポートレートを手に暗室を出る。
「なあ、あのフィルムって日向先生のだっけ?」
と実験室で作業中の同級生に声を掛けると、「そうだよ」と返事がある。
「もう終わったの? さすがに早いね」
高校時代から写真部に所属し、暗室作業もこなせる長峰は、研究室での記録写真の現像を多く引き受けていた。撮影もかなりの部分は担当している。作業台から半身を返した同級生に、長峰は首を振った。
「いや、ちょっと違うやつが混じってるかもと思って」
「先週の以外に? なら、先月末の学生実習のやつもあったかも」
「あー、つうか、日向先生のでいいのかなって」
「それは間違いないよ、受け取ったの俺だし」
「そう。ならだいじょうぶ」
と同級生に手を振って、長峰は出入り口に進む、途中で、愛用のカメラを摑んだ。それから院生室の方へ向かう。
恐らくそちらに被写体が居る。
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