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ぼやり、
と印画紙に浮かび上がったシルエットに、一瞬、長峰は期待した。しかしそれは裏切られ、どんどんと明瞭になるその画はため息が出るほど凡庸だった。
院生室、資料棚の前で振り返る佳人。
カーテンを透かした陽光と室内の書架とのコントラスト、露光、ピント、問題なし。モデルの動きに合わせて自然に流れる髪も。気負いのない柔らかな貌の線も。
十二分に足りている。
なのに、先の一枚にあったものが決定的に欠けていた。
心の準備は十分に出来ていたつもりが、やはり気落ちする自分が情けなかった。長峰はそれでもため息の代わりに苦笑を一つ。
先ほど院生室で出し抜けに撮った写真と、日向助手から預かったフィルムを焼いた写真と。比べるまでもなく、その差は明らかだった。モデルが同じでも、モデルをうつくしく撮ろうという意識が(カタチは違えど)同じでも、
モデルが撮影者に抱く想いが違えば、
それはもう違う被写体になるのだ。
たとえば、ペットの写真。高名な写真家と飼い主が同じように撮影したとして、いわゆる『いい写真』が撮れるのはプロのカメラマンではなく飼い主の方なのだ。技術の問題ではない。ペットが家族に向ける信頼や愛情があふれて、こぼれてゆくからだ。レンズやフィルムや印画紙を通り越して。
あの、日向が撮ったという永子の写真。
写真を見た誰しもが思うに違いない。
彼女が向けている強い視線の先に居る誰かを、そのレンズを向けた『誰か』を、どれだけ。
そして、そんな瞬間を切り取れる誰かが、彼女にそんな顔を向けさせる『誰か』が、どれだけ。
どうしようもなく。
もう、どうしようもなく…
「…届かない」
最後にそれだけを呟いて。
長峰は暗室を出た。
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