佳人の肖像

7/8
前へ
/8ページ
次へ
 ぼやり、  と印画紙に浮かび上がったシルエットに、一瞬、長峰は期待した。しかしそれは裏切られ、どんどんと明瞭になるその画はため息が出るほど凡庸だった。  院生室、資料棚の前で振り返る佳人。  カーテンを透かした陽光と室内の書架とのコントラスト、露光、ピント、問題なし。モデルの動きに合わせて自然に流れる髪も。気負いのない柔らかな貌の線も。  十二分に足りている。  なのに、先の一枚にあったものが決定的に欠けていた。  心の準備は十分に出来ていたつもりが、やはり気落ちする自分が情けなかった。長峰はそれでもため息の代わりに苦笑を一つ。  先ほど院生室で出し抜けに撮った写真と、日向助手から預かったフィルムを焼いた写真と。比べるまでもなく、その差は明らかだった。モデルが同じでも、モデルをうつくしく撮ろうという意識が(カタチは違えど)同じでも、  モデルが撮影者に抱く想いが違えば、  それはもう違う被写体になるのだ。  たとえば、ペットの写真。高名な写真家と飼い主が同じように撮影したとして、いわゆる『いい写真』が撮れるのはプロのカメラマンではなく飼い主の方なのだ。技術の問題ではない。ペットが家族に向ける信頼や愛情があふれて、こぼれてゆくからだ。レンズやフィルムや印画紙を通り越して。  あの、日向が撮ったという永子の写真。  写真を見た誰しもが思うに違いない。  彼女が向けている強い視線の先に居る誰かを、そのレンズを向けた『誰か』を、どれだけ。  そして、そんな瞬間を切り取れる誰かが、彼女にそんな顔を向けさせる『誰か』が、どれだけ。   どうしようもなく。   もう、どうしようもなく… 「…届かない」  最後にそれだけを呟いて。  長峰は暗室を出た。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加