化け物の少年と盲目の少女

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化け物の少年と盲目の少女

 はじめは、確かに普通の男の赤子であった。  しかし、とある村に捨て置かれ同情だけで育てられたその子供は、成長するにつれ奇妙に変貌した。  ちりちりとした髪は四方八方に乱れ、常に見開いた目は僅かに飛び出し血走っている。不恰好に潰れた鼻に、頬まで裂けた口。  その様は人を仰天させ、嫌悪や恐れを抱かせ、目を背けさせた。いつしかその子供――少年は『化け物』と呼ばれるようになった。  それでも、少年は自分に誇りを持っていた。自分という芯がきちんとあった。他人に何を言われようと罵倒されようと、痛くも痒くも無かった。  だが、本人が幾ら良くても周りはそうもいかない。育ての親である村の長は言いにくそうに、しかしはっきりと彼に告げた。 「すまないが村を出ていってはくれないか。お前はどうも普通の人間とは違うようだ」  普通と違うとはどういう意味だ、と少年はちょっと驚いた。が、大きな目をぎょろりと動かし一つ瞬きをして、おとなしく了承した。 「わかった。オイラがいることで皆の和を乱すのなら」  強い心を持つ化け物の少年は、同時に非常に心優しくもあった。村を出て理不尽に旅路をゆく時も、道端の蟻を踏まないよう心掛けた。  どうやら自分の見た目は人を不快にさせるらしいと悟った少年は、人気(ひとけ)のない山道を歩いた。あてもない旅だが、彼は悲しくはなかった。腹が空けば木の実を食べればいいし、喉が渇けば川の水を啜ればいい。何も辛くはない。  少年は鼻唄を歌いながらひたすら前に進んだ。人間など、みんな孤独だ。  ある日、少年は崖から落ちそうになっている少女を助けた。  不思議な事に、少女は化け物の彼の顔を見ても眉ひとつ動かさなかった。そのような人間は初めてだったので少年は違和感を覚えたが、すぐに合点がいった。  少女は、目が見えなかった。  彼女の住む村は近くの麓にあるというものの、少年は心配のあまり訊ねた。 「キミ、ひとりでこの崖まで来たのか」 「ええ、そう。私は自由だもの」 「それはそうだ。だが、怪我をしたらいけないと」 「優しい人、どうもありがとう。でも只、誰でもする油断というものをしただけ。ここは本来、私の遊び場で庭も同然なの」  気が合う、とはこの事だろうか。少女と少年は、その日の内に仲良くなった。  少女の名はエリィと云った。少年も堂々と名乗ったが、それが『化け物』と同義だったのでエリィは首を傾げた。 「どうしてそんなお名前なの」 「どうしても何も、これがオイラの名前だから。オイラ、化け物みたいに醜いからさ」 「化け物は醜いの」 「そりゃあそうさ、普通の人間ではないからね」 「それでは、神様や天使も醜いの」  エリィは聡明だった。しかし、小難しい事が苦手な少年は「ううむ」と唸った。 「だが、親代わりの村長(むらおさ)にそう言われたんだ」 「貴方、そんな(そし)りを受けて何も感じなかったの」 「特に」 「そう。私は泣いて怒っても良かったと思うわ。あと、他人の言うことを全て鵜呑みにする必要はないのよ。だって貴方はダイヤモンドだから」 「ダイヤモンド?」  眉をひそめる少年に、エリィはフフッと笑い「これは内緒」と己の唇に人差し指をあてた。まるで幼子の、悪戯を企むような表情だった。 「私は目が見えない代わりに、その人の心の色が分かるの。何故と問われても困るから訊かないで。でも、手に取るように分かる。意地悪な人は真っ黒で、穏やかな人は乳白色よ。でも貴方は、ダイヤモンドなの」 「それは一体なんだい」 「世界一の宝石。私は5歳の時に病気で視力を失ったから知っているの。母が持っていたのよ。貴方の心はダイヤモンドのように輝いて、とても美しい。貴方の本質は、暗闇を照らす光よ」  それまでの人生で誉められた事など無い少年はポカンとした。彼は俄にふわふわと、心が浮き立つような(くすぐ)ったさを覚える。  だが不快ではなく、むしろ歓喜が込み上げた。「ありがとう」と少年は照れながらも、素直に礼を言ったのだった。
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