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化け物の名前はあんまりなので、エリィは少年を『ディア』と呼んだ。少年は知らなかったが、その地域ではダイヤモンドという意味があった。
少年ディアは新しい名を大層気に入り、その地に留まる事にした。理由は単純明快、少女と再び会いたかったからだ。ねぐらなど、その辺の木の下で充分だ。「また明日」と約束を交わし、エリィは村に帰っていった。
今まで人から避けられ続けてきたディアは少しばかり心配したが、約束通りエリィは翌日も杖をつきつつやってきた。
崖の傍に小さな自然の池があり、そこのほとりの花畑を二人は拠点にした。ディアはエリィの為に葉っぱの椅子を作り、目の見えぬ彼女でも出来る遊びを考案し、たくさん話をした。
それは、毎日続いた。彼らはすっかり心を許し合う仲となり、初めての友人にディアは浮かれた。花畑に寝そべるディアの横で、エリィが器用に花冠を編みながら言う。
「ねえディア。貴方はとても強い心を持っているけれど、やはり人は攻撃をされるとダメージを受けると思うの」
「攻撃?」
「暴力だったり、悪口だったり。貴方が傷つくような事よ」
「オイラは平気さ。傷付いたりしない」
「そうかしら、本当にそうかしら。貴方は村長に酷い事を言われて、何か感じたんじゃないかしら」
ディアは黙る。エリィは「沈黙は肯定ね」と頷いた。彼女は周囲の空気に、とても敏感だった。
「貴方は強いわ。でも我慢して耐え忍んで、いつか折れてしまわないか私はとても心配なの。貴方のその美しいダイヤモンドの心が砕けてしまわないか不安なの。貴方にはもっと自分の感情をさらけ出して欲しいのよ」
「だけどオイラ、怒ったり泣いたりした事が無い。どうすればいいか分からない」
ディアの困惑に今度はエリィが黙した。しばし考えた後、彼女は口を開く。
「それならば私が貴方の代わりに怒るわ。泣き叫んで駄々をこねて、抗議するわ」
「そうかい。それならばオイラもエリィの為に一緒に怒り、泣くとするよ。キミの為にならきっと出来るだろう」
幸せな気持ちでディアは返す。エリィは仕上がった花冠を手探りでディアの頭に被せた。そうしてエリィは、可愛いそばかす顔を綺麗に綻ばせる。
「ありがとう、ディア」
その刹那、どくんとディアの心臓が跳ねた。鼓動が早くなって体や顔が一気に熱くなる。甘酸っぱい果実を噛んだ時のような爽やかな香味が口一杯に広がり、急に世界が煌めいて見えた。まさに宝石のように。
それは、一般的に恋であった。しかしディアには知識がなく、それでも一途に彼女が好きだとだけは懸命に感じた。
だが彼は、同時に腹の底から震えた。背筋に氷を落とされた感覚がする。夕方、エリィと別れてからディアは急いで池を覗き込んだ。夕日を照り返しオレンジ色に染まった水の鏡には、相変わらず化け物が映っていた。
『化け物』とディアは言われ続けてきた。それがどうしたと、ずっと跳ね返してきた。
だが今はどうだろう。その通りだと、初めてディアは己に絶望した。こんな自分が可憐なエリィの傍に居て良いのだろうかと深く悩んだ。彼女が化け物の自分と一緒に居る事で他人に後ろ指を差されたりしないだろうか。彼女自身が差別を受けたりしないだろうか。
彼女に――嫌われたりしないだろうか。
エリィを想うのなら離れるべきだ。だが、それでもディアは彼女と共に居たくて、いつまでも決心はつかなかった。
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