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学力テスト 6
「おはよう神崎さんに綺羅坂さん!」
学園の王子こと荻原優斗は、数多の女子生徒の心を射止めてきたスマイル製造機として、今日もその力を遺憾なく発揮していた。
現在、部屋には俺を含め綺羅坂、雫、そして優斗の四人が集まっていた。
俺が電話したのはもちろんこいつ。
こんな場所に呼べる友達なんて他にはいない。
こいつは生贄だ。
春休みの一件もあり、その手伝いをするから家に来いと電話したら、いつもの約半分の五分で俺の家まで来やがった。
「あれ?なんで荻原君がいるの?」
「あなたは呼んでないわよね?」
雫は不思議そうに、綺羅坂は冷たい声音で優斗に声を掛ける。
雫はともかく、やはり氷の女王こと綺羅坂怜には、優斗の笑顔など全く効果がないようだ。
心なしか雫と話している時よりも機嫌が悪く見える。
俺はそんな三人の姿を、ベッドの上で横になりながら観察していた。
さながら横たわる大仏のごとく……
俺の部屋のテーブルは、勉強するなら二人で使うくらいの大きさしかない。
そんな大きさのテーブルを、今は綺羅坂と雫が使用している。
何故か、互いのノートに問題がいくつも羅列されているが、問題でも出し合っていたのだろうか……
唯一空いていた場所、正確には俺がさっきまで座っていた所に優斗まで座り、部屋の主たる俺が座る場所がなくなってしまったため、こうして横たわりながら彼らを見守っているのだ。
……リビングから持ってきた煎餅をかじりながら。
「湊からお誘いがあってね、分からないところは聞いてくれれば教えるから任せてくれ!」
優斗は、自身に満ち溢れた表情で二人にそう告げる。
「いえ、私のほうが荻原君より成績いいですから、それよりも湊君には私が教えますのでお二人はご自分の勉強に専念してください」
そんな優斗に、雫は淡々と事実を伝える。
「なら私が一番の適任じゃないかしら?この中であなた達より成績が上なのは私だけだもの」
綺羅坂は相変わらず、やや挑発気味に笑みを受けべていた。
そんな中俺は……
「……お、海苔か、悪くないな」
煎餅特有のバリバリとした音を響かせ、やはり昔ながらの味が一番だと実感していた。
正午を知らせる鐘が鳴るまでの間、綺羅坂と雫は競い合うかのように問題集を解きながら、どっちが俺に勉強を教えるかの言い合いを延々と繰り返していた。
一向に決まる気配がないため、俺が分からない問題だけ空いている人に聞く……そう告げるととりあえずはその場を収めることができた。
俺と彼女達では学力差が大きく、俺が終わらすのに二時間も時間を使ってしまった問題集を、彼女達は三十分程度で終わらせてしまった。
優斗も特に急ぐ様子もなく解いていたが、それでも使った時間は俺の半分以下だ。
どんな勉強法をすれば、三人のような学力が身に着くのかと考えていると、廊下を小走りする足音が聞こえてくる。
「兄さーん?お昼ご飯はどうします?」
ノックもせず俺の部屋に入ってきた楓は、部屋着の上から赤色のエプロンを身に着けて聞いてきた。
俺が中学の家庭科の時間で作ったエプロンをプレゼントしたものだ。
今でもそれを使ってくれているのは、兄として嬉しいものだ。
「皆さんの分も一緒に作っちゃって平気ですか?」
楓の問いに、俺が返事をする前に綺羅坂と雫がその場から立ち上がった。
「私も手伝わせてもらえるかしら?」
「私も手伝います!」
真良家のキッチンでは楓と雫、綺羅坂の三人が並び、昼食の準備に取り掛かっていた。
料理はからっきしな俺は、優斗とリビングから三人を眺めていることしかやることがない。
「女子が料理しているのって見ていて癒されるよな」
「そうか?」
「あぁ……特に神崎さんの料理している姿なんて最高だ」
おっさんかよ……
こいつはもっと爽やかで、こんなセリフを言わないと思っていたんだがそうでもなかったらしい。
一人料理をする女子の姿に心奪われている奴は放っておいて、窓から空を見上げる。
朝よりもどんよりとした曇り空で、午後からは雨が降りそうな天気をしていた。
「兄さん、綺羅坂さんから頂いたお肉を焼こうと思うのですがいいですか?」
「んー……いいんじゃないか?」
トコトコと小走りでこちらに来た楓は、今朝綺羅坂より頂いた肉が入っている木箱を手に持ち俺に聞いてきた。
高い肉なのに量も多く、楓と二人では食べきれないと思っていたので好都合だ。
俺の返事を聞き、楓は二人のもとに戻るとフライパンで食べ物を焼く音が聞こえてくる。
「あんな高そうな肉、綺羅坂さんが持ってきたのか!?」
食い気味に聞いて来る優斗の顔を右手で押しのけ、俺は反対の左手の掌を優斗の顔の前に出す。
「なんだ?五?」
「そう、A5の肉らしい」
「あれがA5か……やっぱ美味いのかな?」
「スーパーの肉しか買わないから知らない」
いかにも庶民的な会話だ。
俺達が普段食べているパック詰めされた肉以外の、それも高級な肉の味なんて分かるはずがない。
そんな話を優斗としているうちに、リビングには食欲を刺激する香りが立ち込める。
「できました!」
テーブルまで移動した俺の視線の先には、数分前まで赤色をした生肉がこんがりと焼き色がついたステーキに姿を変えていた。
雫が手製のソースが入った小皿を、それぞれの席に置き、全員が席に着いたところで食事が始まった。
「まあまあだな」
食後のコーヒーを飲みながら俺はそう呟いた。
それを聞いた綺羅坂は「また持ってくるわね」と口元に笑みを浮かべていたが、こんな高そうな肉は大変申し訳ないので丁重にお断りした。
食事を終えても、俺と楓を含めた五人は部屋に戻ることなくリビングでテレビの天気予報を見ていた。
ガタガタと風が激しくリビングの窓を揺らす。
食事の前まではどんよりとしていた空が、今は真っ黒に変わり暴風が吹き荒れる大雨へと天候が変化していた。
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