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理由 2
「……今日の晩飯はカレーが良いな」
昼下がりの屋上で、俺は一人ジャージをマット代わりにして空を眺め寝ころんでいた。
普段、騒々しいと感じる生徒の声も、少し離れた屋上から聞くと、心地よい子守歌のように眠気を誘ってくる。
少しづつ声が小さく聞こえ、瞼が落ち、意識が薄れていく。
あと数秒で完全に意識は無くなり眠りに就けるところで、頭に当たる軽い何かで目が完全に覚める。
「そろそろ準決勝始まるわよ」
頭を叩く軽い何か……それは空のペットボトルで、そのペットボトルを手に持っていたのは綺羅坂だった。
彼女は俺の隣に腰かけながら、頭をポンポンと叩いていた。
「どうせ見なくても声でわかる」
「確かにそうね」
屋上の真下にある校庭からは、特定の人物を応援する声で賑わっている。
試合開始の笛が鳴り響いた後、時折大きな歓声が聞こえたかと思うと、笛の鳴る音が響いていることから優斗が点数でも決めているのだろう。
「この様子だと三組は決勝に駒を進めそうだな」
「そのようね……イケメン君以外にもサッカー部の人が守備で地味に良い仕事しているから、三組は意外に強いのかもしれないわ」
珍しく人を褒める綺羅坂に感心していると、またもや大歓声が上がる。
これで二点差、スマホの時計で試合開始からすでに十分は経過している。
球技大会では、試合時間まで正式なサッカーと同じではなく、二十分の一本勝負で前後半は無し。
そのため、残された時間はあと十分。
何回か悲鳴のような声も聞こえることから、相手チームの選手も諦めず攻めているんだろう。
しかし、三回目の大声援のあと、試合終了の笛が鳴り三組は準決勝も3-0と快勝。
これで決勝を残すだけとなった。
「決勝戦、三組は勝つかしら?」
屋上を囲うように付けられた柵に手をかけ、下を見下ろしながら綺羅坂は俺に問いかけた。
「相手は一組だろ?なら問題ないだろう、あそこはサッカー部も二人だし、こっちには優斗もいる」
「彼のことかなり評価しているのね」
俺は寝転がっていた体を起こし、綺羅坂を見ることなく答えた。
「俺が初めて……羨ましいと思った奴だからな」
決勝に進出が決まった一組と三組は、三十分の休憩を挟んだ後、決勝戦を行う予定だった。
だが、男子サッカーの決勝戦は、主に女子生徒からの多大な要望により、球技大会最後の種目に変更となった。
優斗が活躍する姿を見たくても、自分が種目に出ていたら当然自分の種目が優先だからな。
その点、最後に回せばほとんどの生徒が観戦できる。
学校側の心優しい配慮のおかげで、後回しになった男子生徒達は暇を持て余し各自好きなように時間をつぶしていた。
そのまま校庭に残りボールを蹴っていたり、他の種目を観戦しに行ったり。
男子生徒の大半は、グラウンドで楽しそうに練習をしていた。
そんな中、俺は他の種目を観戦しにいく生徒達の中に紛れ、体育館まで来ていた。
現在、体育館では女子バスケットの決勝が行われている。
先ほどまで俺の隣にいた綺羅坂は、ちゃっかり決勝まで勝ち進んでいて、雫と共に試合に出場し大暴れしていた。
雫が華麗にドリブルでディフェンスを抜いたと思えば、離れた位置からシュートを決める綺羅坂。
相手チームには女子バスケ部のエースもいたのに、彼女達三組は相手を寄せ付けることなく優勝を決めた。
「どうですか?私のドリブル見てましたか?」
試合後に輝かしい表情を浮かべ、俺の元にやってきた雫はいつにもまして嬉しそうに笑みを零す。
「見てた見てた、才能の無駄遣いで相手が可哀そうだった」
「もう!湊君は素直に褒めてください!」
頬を膨らませる雫を横目に周りを見渡す。
てっきり優斗は試合を観戦しに来ていて、祝いの言葉でも言いに来ると思っていたのだが、その姿は見つからない。
バスケが終わった後の体育館では、球技大会と名の付く行事なのに、大繩の種目があったことに驚かされたが、あまり盛り上がることなく四組の優勝で終了した。
同じ三組の女子生徒と優勝の記念撮影をするとのことで、雫とは体育館で別れ、俺はまた屋上へと足を運んだ。
屋上へ繋がる長い階段を上り、やけに重たい戸を開くと、少し前まで体育館で大暴れしていたはずの綺羅坂が屋上から校庭にいる生徒を眺めていた。
「どうだったかしら、私のシュート」
俺に気が付いた綺羅坂は、自慢げに微笑みながら俺のほうを振り返る。
「相手のやる気もプライドもへし折る3Pシュートは見事だったな」
「……素直に褒めてほしい場合もあるのよ?」
彼女は、少し不満げに髪の毛をいじりながら俺にそう告げる。
いつものクールな綺羅坂とは違う、年相応の反応を初めて見た気がする……
雫と同じような反応をする綺羅坂に、案外二人は似ている所があるんじゃないか、なんて考えながら彼女の隣に立つ。
彼女の視線の先、校庭には多くの生徒が集まっており、もう少しで男子の決勝が開始されるのがわかった。
すでに対戦相手の一組の選手は整列しており、三組の姿はまだ見受けられない。
校庭が騒めき始める中、一部から歓声が上がったと思うと、そこから三組の生徒が校庭へ入ってきた。
優斗を先頭に、審判の前に整列した三組を見て、綺羅坂は「一人足りないわね」と小さく呟いた。
俺も三組の選手を数えてみると、確かに一人選手の数が足りなかった。
優斗は審判に何度か頭を下げているようで、審判と二人話し込んでいるかと思うと、一人列から離れ俺達の真下まで走ってきた。
「湊!手伝っ―――」
「断る!」
俺の下に走ってきている時点で、容易に想像できた言葉を遮るように、俺は優斗からのお願いを断った。
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