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理由 3
「あなた……彼には容赦ないのね」
俺達の視線の先で固まって動かない優斗に、流石の綺羅坂も憐れむような視線を向ける。
「でも……彼、きっと諦めないわよ?」
……そんなこと彼女より俺のほうが付き合いが長いから知っている。
きっと優斗は俺が承諾するまであそこから動かないだろう。
「最後くらい出てもいいんじゃないかしら?」
綺羅坂は、彼女らしい謎めいた笑みを浮かべ、こちらに何か期待するかのような目でこちらを見る。
この先の行動で、彼女のご期待に添えるかが決まるのだろう。
俺は小さく一つ溜息をつき、下で未だこちらをじっと見上げる優斗に聞こえる程度の大きさで声をかける。
「……少し待ってろ、審判には代わりの生徒が今来るからって伝えておけ」
「おぉ……わかった!待ってるからな!」
俺の言葉を聞き、優斗は審判のもとへ走っていく。
「あら?結局出るのね」
「ここにいても状況が悪くなるだけだ」
一人楽しそうにしている綺羅坂に、ポケットに入れていた財布や携帯を預けると足早に屋上を後にした。
階段を下り、無人の廊下を進むにつれ、校舎内にも外の賑やかな声が響いて来る。
下駄箱にしまっていた学校指定の運動靴に履き替え、俺はある場所へ歩を進める。
「大丈夫だ!湊が代わりに出てくれることになった!」
優斗が審判に代理の生徒がこちらに向かっていると伝え、クラスメイトにそう伝えると、彼らは一瞬「誰だそいつは?」といった顔を見せる。
その反応をみて優斗が「真良湊だよ、綺羅坂さんの隣の席の」と言葉を足すと、皆誰だかわかったようで、口々に「あいつか」と言っている。
「もうすぐ来るだろうから、準備しよう!これに勝てば優勝だ!」
「「おぉ!」」
スポーツ漫画のように、優斗の言葉に大きく返事をするクラスメイト達。
暑苦しすぎて、引いてしまいかねないセリフだが、優斗が言うだけでカッコいいセリフに聞こえてしまう。
相手チームも各々ストレッチや、ウォーミングアップをしつつ試合開始を待っていた。
ほどなくして、校舎から走って近づいて来る生徒が一人。
コートの中に入ると、三組の生徒が集まる場所へ迷うことなく進む。
「待たせたな!」
彼らのもとへ到着した生徒は、最高のキメ顔でそう告げた。
そう……彼らのもとに到着した……
「山田……?あ、あれ、湊は?」
「あぁ!真良の代わりに俺が助けに来てやったぜ!」
山田君は……俺の代わりを十二分に勤めてくれるだろう。
「やっぱり最高ねあなた」
山田が現れたことで開始された試合は、現在、両クラス無得点で試合時間の半分が経過した。
俺は、その試合を本日三度目の屋上で観戦していると、綺羅坂は楽しそうに試合ではなく俺を見ていた。
「山田君は俺の秘密兵器だ」
視線の先にいる山田君は、試合中に誰よりも大きな声を出して動いているが、敵味方間違えてパスを出したり、危険な場所で一人でボールを持ち始めたり、やる気はあるのだがそれが空回りしていた。
「あれが秘密兵器ね……」
俺が自信をもって投入した秘密兵器、山田君を見る綺羅坂はどこか興味が無さそうだ。
しかし、彼女は勘違いしている。
俺が山田を投入したのには、ちゃんとした理由がある。
「山田はたぶんクラスだけじゃなく、同学年の生徒大半が認めるお馬鹿キャラだ……」
「そういえば、彼はクラスでもおかしなことやっていたわね」
たぶんこの前の学力テストの後に、山田がクラスで起こした奇行のことだろう。
野球部で、部活ばかりの生活をしている山田は、学力テストの期間も一人野球をしていたらしい。
その結果、全ての教科が学年最下位の点数で、親御さんを含めた三者面談をすることがクラスメイトの面前で担任から発表された。
その瞬間、自分の答案用紙を粉々に破き、奇声を上げ、二階だというのに教室の窓から一階に飛び降りて校庭を走り回る謎の行動をした山田。
たまたま近くの席にいた野球部が教えてくれたのだが、彼の父親はとても厳しい人らしく、勉強も部活も両立していないと凄く怒鳴られるらしい。
俺達なんかの想像以上に……
その父親と教師が面談という事態を恐れた山田は、あのような奇行をしていたのだが、彼の家庭事情を知るはずのないクラスメイト達は、そんな彼を見て思わず笑みを零していた。
その話は学年中に広まり、たった一日にして学年一のお馬鹿キャラと認定されたのが山田なのだ。
「そんな馬鹿キャラ認定されている山田なら、基本的に何をやっても笑いしかとらない……」
その証拠に、観戦している生徒達からは先ほどまでの試合にはなかったはずの笑い声が聞こえてくる。
優斗への声援しかなかった先ほどまでの試合は、同じクラスの生徒達もやりずらかったのだろう。
今は、俺達のクラスだけでなく、相手の一組の生徒達も楽しそうに試合をしている。
もちろん、そのきっかけとなったのは山田だ。
優斗以外が何をしても盛り上がらなかった雰囲気が、彼を中心に起こる珍プレイで一気に学生達の行事らしく和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気に変わる。
ただ馬鹿キャラではなく、学年一の馬鹿キャラともなれば、どこにいっても愛される存在なのだろう。
つまり、そんな山田だからこそ、この場の雰囲気を変えることができたと言ってもいい。
そんな重要な仕事をしたとは知らない山田は、今もやる気を漲らせボールを追っていた。
「でもどうやって彼を呼んできたの?あの短時間で」
「あぁ、それは昇降口前で野球部の奴とキャッチボールをしているのを見ていたからな。優斗から声を掛けられて時には山田を代わりに出そうと思ってた」
といっても、試合に出たくないと思っていたのも本音だ。
俺からのお願いを、特に理由を聞くことなく快諾していくれた山田には感謝しなくては。
俺の視線の先では、相手のゴール前で盛大に転んだ山田の頭に、優斗からの芸術的なパスが当たり、一見ダイビングヘッドのようにボールが見事相手ゴールのネットを揺らしていた。
審判の笛の音が鳴り、山田の周りに集まる楽しそうな生徒を見て、これは俺の采配のおかげだと胸を張って優斗に自慢しようと思った。
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