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理由 8
「ところで、なんで神崎さんまで座っているのかしら?ここは二人席よ?」
綺羅坂は、店員と共に個室から出ていかない雫に視線を移し目を細める。
「詰めれば二人だって座れます、それに私がどこに座ろうと自由ですよね?」
確かに、ここは個室と言えど、俺達が腰かけている椅子は横に少し長い。
俺と雫なら、詰めればギリギリ二人なら座れる。
それに、雫の言う通りこのような打ち上げの場では、誰がどの席に座ろうと自由なのだろう。
友人同士隣に座る人もいれば、クラス替えして日も浅く、まだ話をしたことのない人と交友を深めている人もいる。
だが、そのほとんどが異性の隣に座ってはいない。
これは、学校行事の打ち上げであって合コンではない。
男子の中には、女子と隣になり話しをしているうちに良い雰囲気になる……なんて考えている奴もいたのだろうが、現実はそんなに甘くない。
きっちり女子と男子の席は分かれているし、隣に異性が座っている奴なんて優斗くらいだろう。
女子と個室に入れるなんて、俺は羨ましい展開なのではないか……と思ったが、向かいに座るのは、学年一頭が良くて、何を考えているか分からない謎めいた人だ。
……変な期待をするほうが恐ろしい。
俺としては、別に向かいの席に誰が座ろうと、ドキドキしたりしない自信はある。
何故なら、期待と勘違いをしていないから。
もし向かいに座り、話しかけでもしてきたら「え?何かの遊び?」なんて、まずは周りに誰かこちらを見て笑っていないか確認までする。
女の子は怖いと楓に言い聞かされた俺は、そんじょそこらの罠に引っかかるほど馬鹿ではない。
だが、現状のように肩までくっ付いてしまうくらいに近づくと、俺も緊張して心拍数が一気に上昇してしまう。
相手がいくら幼馴染と言えど、女性であることには変わらない。
そして、何よりも学校でも一番の美少女と言われている雫なのだ。
触れている肩に意識が集中してしまうのも仕方がないだろう。
体をできるだけ壁際に逸らし、少しでも彼女の肩との接触を避けようとしているのを、雫は何を勘違いしたのかさらに体を詰め込んでくる。
「……ちょっと近づきすぎじゃないかしら?」
綺羅坂は鋭い目を、さらに細める低い声を出す。
小さい子が見たら大泣きするに違いない。
「し、仕方ないじゃないですか!ここ狭いんですから!」
「なら出ていきなさいよ」
「嫌です」
綺羅坂の言葉に即答した雫は、本当に出ていく気がないらしい。
……こんなの雫の信者が見たら、俺は帰り道にグサッと背中でも刺されるんじゃないか?
そう思ったら、この状況がいかに恐ろしいのか理解した俺は、引き戸がしっかりと閉まっているのかを目視で確認する。
大丈夫、しっかりと閉まっている。
俺は体制を何度も変え、肩も当たらず、そして彼女がこっちに近づいて来れぬように、膝を使い抑えるという完璧な体制を発見した。
これでひとまずは問題解決だ。
しかし、よくもまぁ顔を合わせれば毎回険悪な雰囲気になれるもんだ。
俺は呆れると通り越して、感心にも似た感情を懐きつつ、個室の外で話をしていたクラスメイト達の話題が、隣の雫に変わった。
「神崎さんは?」
「お手洗いかな?」
誰か二人が騒ぎ出すと、クラスメイトのほとんどが雫を探し始める。
「おい、どうすんだこれ」
「どうしましょう?」
俺は、隣で同じく外の様子に気が付いた雫に目を向ける。
俺とは違い、あまりこの状況に危機感を持っていない雫と綺羅坂は、外の様子など興味無さそうにしている。
「……戻れば?」
「嫌です」
結局、しばらくの間、雫を探すクラスメイト達は店内をうろうろしていた。
引き戸が付いていたのが功を奏し、中にいた俺達に気が付いている人はいなかったが、それでもいつか戸が開くんじゃないかとヒヤヒヤした。
「皆、一旦座りなよ。神崎さんならさっき電話しに外に出ていったよ」
その騒ぎを治めたのは優斗だ。
彼の言葉は何一つ真実ではないが、その発言力は流石の一言で、店内を歩き回っていた生徒達が次々と自分の席に戻っていく。
俺は、改めて優斗のクラスメイトへの影響力を思い知った。
「気になってたんだけど、なんで荻原は真良と仲が良いんだ?」
落ち着きを取り戻した店内で、誰かが優斗へそう質問した。
何人かが「誰だっけ?」と言っていたが、男子の一人が綺羅坂の隣と答えると俺のことだと分かったらしい。
「湊と?」
「そうそう、神崎さんは幼馴染らしいけど、あんな奴となんで一緒にいるのかなと思ってさ」
「あいつ偉そうだろ?」と、最後に付け足すと言葉はそこで止まる。
他の生徒も、この質問には興味があるらしく、会話がピタリと無くなる。
その質問を聞いた俺……ではなく、なぜか雫と綺羅坂が飛び出しそうになる。
俺はそんな二人の手を掴み、そのまま座らせる。
「何するのよ」
「まあ待て、面白そうだ」
あからさまに不機嫌な綺羅坂に、俺はニヤつきながら答える。
これはなかなか聞けるもんじゃない。
常日頃、俺のことをどう思いながら接しているのか聞いてやろう。
俺は優斗の答えを聞き逃すことのないように、そっと耳を澄ました。
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