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学力テスト 3
翌日
空には厚い雲が広がり、若干の肌寒さを感じる中、俺は未だ布団の中でカタツムリのように丸くなっていた。
枕元に置いてある時計の短針は、すでに九の数字を挿している。
今日は週末の土曜日
週明けからの学力テストのため、今日は自宅でテスト勉強に勤しむ予定だったが、いざ勉強をしようと思うとなかなか体が動かないものだ。
動いたとしても、部屋が汚れているような気がして片づけを始めてしまったり、読みかけだった本がどうしても読みたくなったりと、なかなか勉強に集中できない……なんてこと学生ならわかる人も少なくないだろう。
幸い部屋は普段から綺麗にしており、本も一度読んだら最後まで読よみ止さすことはない性格なのだが、俺の場合は布団から起き上がれないというのが問題だった。
「……動きたくない」
我ながら意思が弱いと思う。
昨日、あれから三人で途中まで下校している最中、再三にわたって勉強をしようと誘う雫達を軽くあしらい、自宅で勉強すると言っていたのに、いざ休みになってみるとやる気が出てこない。
昨夜寝る前に、今日勉強する予定の資料を用意するまではやる気に満ち溢れていたのだが……
「図書館でも行こうかな……」
きっと、このまま時間だけが過ぎて、気が付けば空は夕日色に染まっている……なんてことになりかねない。
俺は、未だ目覚めていない体を無理やり起こすと、外出できる程度の服に着替え部屋を出る。
たいして長くもない廊下を進み、リビングの戸を開けると一つ年の離れた妹が俺を出迎え……
「おはよう真良君、休みだからって寝すぎるのも体に悪いわよ」
……妹ではない女性が出迎えた。
「なんで俺の家に綺羅坂がいるんだ」
「お邪魔しているわ」
何食わぬ顔でリビングに設置されたソファーに座り、妹が入れたであろうコーヒーを飲む綺羅坂。
その隣には妹の、真良楓しんらかえでが、綺羅坂に抱きかかえられるようにして座っていた。
「だから、なんで俺の家にお前がいるんだよ」
「昨日の帰りに言ったじゃない、明日は私と勉強することになってるって。だから真良君の部屋で勉強しようかと思って……可愛い妹さんね」
「に、兄さん!こ、この人誰ですか!? すごく長い車で! あ、あとキッチンに木箱に入ったお肉貰っちゃって!えっと、あと……」
「……落ち着け妹よ」
よほど気に入ったのか、楓を撫でまわす綺羅坂を無視し、キッチンにあるという木箱に入った肉を確認する。
確かにキッチンには木箱が一つ置かれており、中には何やら高級そうなお肉がたくさん詰め込まれていた。
「A5って書いてあるぞこれ……」
「夜にでも皆さんで食べてね」
いつの間にかソファーから後ろに移動していた綺羅坂は、木箱を手に取ると、後ろに置かれた冷蔵庫の中に入れる。
「それともお昼から食べれるのであれば、あのお肉を使って焼肉でもやる?」
「やらん!」
振り返った彼女はどこから出したのか、手に七輪を持っていた。
俺は七輪を取り上げると、まずは絶対に彼女から聞かなければいけないことを聞いた。
「それよりも、なんで俺の家にいるんだ。 勉強をするっていうのはとりあえず後回しにして、なんで俺の家を知ってるんだ?」
「学校で聞いたのよ、テスト科目の資料を借りたままなので、家に届けたいって言ったら教えてくれたわ」
彼女の大胆すぎる嘘にも軽く驚かされたが、それを信じて彼女に家の住所を教える学校側にはもっと驚かされた。
驚くというより呆れるというほうが正しいか。
このご時世、個人情報の漏洩なんてバレたら大問題になるのに、この守りの甘さと言ったら……
学校側の対応に呆れつつ、この後の彼女への対応をどうするか頭を悩ませていると、蚊帳の外だった妹が我慢の限界か俺に掴みかかってきた。
「それよりも兄さん! この人は誰なんですか!?私は女性が来るなんて聞いてませんよ!」
「はぁ……この人は綺羅坂怜さん、俺と同じクラスで今日は俺の部屋に勉強をするために来たらしい」
「よろしくね妹さん」
首元を掴まれ、ぶんぶんと揺さぶられながらも、俺は簡単に綺羅坂のことを楓に紹介する。
綺羅坂は普通に手を差し出し、握手の構えで楓を見据える。
「……よろしくお願いします」
楓は俺の腕を抱きかかえ、警戒しながらゆっくりと綺羅坂と握手を交わす。
自己紹介を終えると、一旦俺達三人は椅子に腰かけ、今後の予定を話し合うことにした。
「はい、兄さん」
「悪いな、ありがとう」
人数分のコーヒーを楓が淹れ直し、それぞれの席の前に置いたのを確認すると話を切り出す。
「さて、今日のことだが一旦綺羅坂には帰ってもらってそれから―――」
「真良君の部屋はどこかしら?一息ついたらさっそく復習でもしましょうか」
「いや、だから一度綺羅坂は家に帰ってもらって―――」
「そういえば私、数学の問題忘れてしまったの、あとで見せてもらえるかしら?」
「お願いだから聞いてくれ……」
俺が帰宅を促そうとするたびに彼女は話を遮り、まともに話を聞いてもらえるまで約十分ほど時間を費やしてしまい、起きた時からかったるい気分が余計に重くなったのを感じた。
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