朝顔

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 日曜日の昼間、別に待っているつもりではないのだが、広瀬は何度となく縁側に出ては、庭を見ていた。正木なら、いつの間にか庭に立っていても不思議ではないという意識もあるせいかもしれない。  なんとなく手持ち無沙汰であり、息子と同じ年齢の青年の訪れを待っているというのが面映くもあり、落ち着かない。  縁側を離れた広瀬は書斎に行き、窓を開けて室内の空気を入れ替える。ついでなので、部屋の片隅に積み重ねたままの段ボールの中身も片付けることにする。仕事に使いそうなものだけは早々に荷物を解いてしまったが、蔵書などについては、いまだ手付かずだ。  数個の段ボールを開け、どの本から本棚に並べていくかと考えていたが、もう一つの段ボールを引き寄せて開けたところで、広瀬は思わず片手を伸ばしていた。 「これは――……」  中に入っていたのは本ではなく、アルバムだった。もともとアルバムは段ボールの中に仕舞ったままだったのだが、引っ越しの準備でバタバタしている中、手伝ってくれた息子が間違って、引っ越し用の荷物と一緒にしたのかもしれない。  もしくは、家族の形ある思い出を持たない父親に対する優しさとして、あえて紛れ込ませてくれたのか。  デスクの上に置いてある眼鏡をかけた広瀬は、数冊のアルバムを取り出して、床の上にあぐらをかいて座り込む。懐かしさから、アルバムを開いていた。  あまり写真を撮らない家庭だと思っていたが、広瀬の知らないところで、息子の写真はたくさんあった。仕事に奔走している広瀬に代わり、別れた妻が熱心に撮っていたようだ。記憶にない風景とともに写っているものが半分はあった。  残りの半分は、この家や近所、学校で撮ったものだった。  ほろ苦さを感じる反面、こんなことがあったのかと、新鮮な気持ちで写真を見ていた広瀬だが、次第にある違和感を覚え始め、気がついたときには眉間にシワを寄せ、もう一度最初からアルバムを見返していた。  どれだけの間そうしていたか、玄関の呼び鈴が鳴って我に返る。ハッとして顔を上げると、いつの間にか窓からは西日が差し込んでいた。  広瀬はアルバムを置いて玄関に向かい、相手を確かめることなくドアを開ける。目の前に立っていたのは、見慣れてはいるが、意外でもある人物だった。 「君は……」 「――明るいときに、おれと会いたかったんだろ? これでも苦労して、仕事を抜けてきたんだけど」  陽射しに透けると、正木の髪はきれいな薄茶色に見えるのだなと、まずどうでもいいことに目がいき、それから広瀬は、やっと驚くことができた。  夜にしか姿を現さないはずの正木がようやく、まだ明るいうちに広瀬の前に姿を現したのだ。よく見知っているはずの青年が、陽射しの下では、見知らぬ人間のようにも感じられ、正直戸惑う。 「入っていい?」 「あっ、ああ……」  気軽な様子で正木は靴を脱ぎ、いつものように縁側へと向かう。広瀬も、いつものように缶ビールと灰皿を手に、あとから縁側に向かう。  正木はすでにサンダルを引っ掛け、木立朝鮮朝顔の木の前に立っていた。昼間、水をやったのだが、真夏の陽射しのせいでとっくに乾いてしまっている。  すでに煙草を咥えていた正木が、煙を吐き出してから言った。 「あー、やっぱり明るいうちは、そんなに匂いは強くないね」 「昼間は、この前は通らないのか?」  広瀬は縁側に腰掛け、手にした缶ビールと灰皿を傍らに置く。ジーンズのポケットに片手を突っ込みながら正木が振り返った。 「明るいうちから人の家を覗くのは、さすがに大胆すぎてしないな」 「……むしろ、夜、覗いているほうが不審者だろう」 「どこから見ても好青年のおれが、そんなものに見える?」  悪びれることなく正木に笑いかけられ、つられて笑みで返しそうになった広瀬だが、寸前のところで、唇を引き結ぶ。時間が経つのも忘れるほど、さきほどまで自分が何をしていたか思い出したのだ。 「――君は……正木真也という青年は、本当に、俺の息子の友人だったのか?」
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