ミューレンの雑貨屋 5

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ミューレンの雑貨屋 5

     5 「レニーちゃん、あんた……」  ハンナが驚愕の眼差しで、ベッドで野菜多めのポトフを食べるレニーを見つめる。レニーは小首を傾げ、ハンナを見つめ返した。 「なに? これ、美味しいよ?」 「あんた……男の子だったのかい?」 「は? うん……そうだけど……」  レニーは目をぱちくりさせ、肩口から零れてきた長い銀髪を掻き上げた。 「僕も、レニーさんは僕の弟分ですって紹介しましたよね? ハンナさんはご存知だと思ってたのですけれど……」 「おれ、いつもおれって言ってるし、言葉使いだって女っぽくないじゃん? 確かに見た目がコレなのは自覚してるけど……」 と、長い髪の一房を摘むレニー。 「レニーちゃんは綺麗な顔した女の子なのに、荒っぽい言葉を使ってもったいないねぇって思ってたんだよ。ほら、最近の若い子って、そういうのをわざと使いたがるだろう? レニーちゃんもそのクチだと思ってたんだよ」 「レニーって男の名前じゃん」  自らの実年齢は、年齢不詳な見た目と違い、決して『若い子』ではないんだけど、と、内心含みつつ、レニーは苦笑する。 「それはそうなんだけど……ああ、でもやっぱり女の子にしか見えないよ。店でもよく、若い男の子にナンパされてるじゃないか」 「ああ。あれはおれもかなり参ってる……」  レニーは片手で目元を覆い、重いため息を吐いた。そして悪戯っぽく、指の隙間からハンナを見つめ、ニッと口元を弓形に曲げた。 「ふふん、じゃあね。ハンナさんだから話すけど、実はおれさ、カルザスさんと会う前まで、女として暮らしてたんだよ。おれってこの顔じゃん? 育ての親が、どうしても女の子が欲しいってんで、おれの意思を無視してそういう風に育ててくれちゃってさ。でもカルザスさんと一緒に暮らすようになってからは、そういうの全部ヤメって決めたんだ。この髪とかいつものイヤリングとかは、ちょっと昔の名残りみたいなもので、ま、癖とか習慣みたいなものだと思ってよ」  レニーは一切の淀みなく、自分の過去話を面白おかしくでっち上げる。カルザスは顔には出さず、内心舌を巻いていた。 「そうだったのかい? 器量のいい子は親としちゃ可愛がりたいもんだけど、本人の意思を無視して全然違う方向で可愛がるってのはいただけないねぇ。それじゃやっぱり、レニーちゃんって呼び方はイヤだろう? レニーくんって呼び直してみようかね?」 「あ、呼び方は全然気にしてないから、今まで通りでいいよ。ちゃんでも、呼び捨てでも」 「そうかいそうかい。やっぱりレニーちゃんがアタシの中ですっかり定着してるから、そう言ってもらえると、これからも気兼ねなく付き合えるねぇ」  ハンナは厚い唇を笑みの形にした。 「なるほどねぇ。ようやく納得したよ。カルザスくんとレニーちゃんは、男と女で一つ屋根の下に暮らしてて、〝きょうだい〟っていうには、出身が違うみたいだし、仲良すぎだし、万が一のことでもないのか、内心ドギマギしてたんだよ。野暮なこと考えちゃって悪いねぇ。アッハッハ!」 「あははっ! なんだよそれ。男同士でそんなのある訳ないじゃん」 「そうですよ! 僕は普通の感性です!」 「あ、カルザスさん。ちょっとおれのこと、フツーじゃないとか遠回しに言ってない?」 「言ってません言ってません」  カルザスは苦笑しながら、両手を振った。 「よし! 決めた! レニーちゃんの風邪が治るまでは当然として、これからまた時々、ご飯作りにきてあげるよ。男飯(おとこめし)ばっかじゃレパートリーもなさそうだし、味気ないだろう?」  ハンナが突然、そんなことを言い出した。 「いえ! そんな悪いですし!」  カルザスはハンナの申し出を慌てて断る。 「えー? カルザスさん、いいじゃん。ハンナさんの飯、美味いぜ?」 「でも……」 「アタシのためでもあるんだよ。最近は旦那もめっきり食欲が減退しちゃってねぇ。モリモリ食べる若い子の姿を見てたいんだよ」  ハンナが昔を懐かしむように、目を細める。  確か、彼女の家にも昔は男兄弟がいたと聞いたことがある。その頃の賑やかしくも楽しい記憶が、今、カルザスとレニーの面倒を見るということをきっかけに、思い起こされたのだろう。ハンナが自分のためと言ったのも、あながち嘘ではないようだ。 「じゃあさ、取引とかどう? ハンナさんが飯作ってくれた日は、ウチの買い物半額にするとか?」 「あ、レニーちゃんいいこと言うね! アタシの使い方が悪いのか、ザルやボウルがよく壊れるんだよねぇ。いちいち買い換えるのも面倒で、壊れたまんま使ってたりするんだよ。だいたい木製ってのが悪いよね。すーぐ壊れちまうんだから。でも安く買えるならこれから壊し放題だよ!」 「ハンナさん、それは使い方が乱暴だからだよ! ははっ!」  ハンナが愉快そうに笑いながら手を叩き、レニーも目尻に涙を浮かべて笑っている。 「うーん……十日に一度とか……そのくらいで、本当にご負担にならないのなら……」  カルザスがポツリと呟く。 「よし、決まりだね。じゃあ今度、あんた達の好物を教えとくれ。目一杯、美味い料理を食べさせてあげるよ」 「やったね、カルザスさん」  レニーがピッと親指を立てた。
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