初恋ハーモニカ

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初恋ハーモニカ

 家の玄関近くまで帰って来ると、向こう正面から、妹も中学から、ちょうど帰って来たところだった。 「あ~、お兄ちゃん、お帰り~!」 「ただいま~。テストどうだった?」 「まぁまぁかな。お兄ちゃんは?」 「ボチボチでんな~」 「おぬしも悪よの~」 「なんでやねん!」  中学も高校も今はテスト期間。午前中には終わって、昼には帰宅。昼からは、一応、勉強~ッ! あ~、しんど! 「私、鍵開けるよ」 「サンキュー」  ー カチャッ ー  妹が家の鍵を開け、玄関ドアを開けてくれたときだった! 「キャーーーッッッ!!!」  妹が悲鳴を上げて、腰を抜かして、ひっくり返った! 「どしたッ!」 「バ、バ、バケモノーーーッッッ!!!」 「えッッッ?!」 「お、お……、お尻のバケモノッ!」 「お尻のバケモノ?!」  ちょっと妹の言っている意味がよく分からなかったが、 「とにかく、お前は下がってろッ!」 「う、うん!」  僕は、腰を抜かした妹を、玄関先から家の(かど)まで引きずり出した。  テスト期間中は野球部も休み。僕は、家で素振りだけはしておこうと、ちょうど、金属バットを持って帰って来ていたのだった。  僕は、バットをケースから出して右手に持ち、カバンを左手に持って、盾にするか、バケモノに投げつけるかの臨戦態勢(りんせんたいせい)を整えた。 「いいか、お兄ちゃんが、『電話しろーッ!』、って叫んだら、すぐ電話できるように、スマホのダイヤル110(ひゃくとお)(ばん)に合わせとけ! ワンタッチで掛けられるように、いいな! そして、お前は逃げろ!」 「う……、うん! お……、お兄ちゃん、き、気をつけてッ!」 「大丈夫!」  妹の手前、気丈(きじょう)には振る舞ったが、内心、ビビリまくっていた。  でも、やるしかない!  僕は、カバンを持っている左手の親指で、玄関ドアのプッシュボタンをそっと押し、ドアを静かに少しだけ開けて、右足の爪先(つまさき)を挟んだ。  僕は、意を決して、右足で、思いっきり、ドアを、  ー バンッ! ー  と開けたッ!  すると、 「ピ~~~……」  と、ホイッスルの音! 「はっ?!」  僕は目を疑った!  確かに、お尻のバケモノだった!  でも、それは、親父がケツを出して、ケツの割れ目にホイッスルを挟み、屁でホイッスルを吹くという、荒業(あらわざ)をやってのけていたのだった。 「もう~、玄関で何やってんだよ~ッッッ!!!」 「お~~~」 「『お~~~』じゃねぇよ、全くッ!」 「学校から帰って来るの、やけに早いじゃないか~」 「テスト期間中なんだから、当たり前じゃん! 親父こそ、会社行かねぇでケツ出して、何やってんだよ!」 「今日は、この前の休日出勤の代休でな、今度、会社で歓送迎会(かんそうげいかい)があるもんで、その余興の練習をしてたんだよ~、ハッハッハッ! お前たちが学校で留守の間にと思って練習してたんだけど、まさか、こんなに早く帰って来て、見られちゃうとはな~、ハッハッハッ!」  ー ピッ! ー  ホイッスルが鳴った。 「あ~、今、屁ぇ~したろ?」 「どうだ、この荒業(あらわざ)! 誰もやらねぇ~だろ?」 「やらねぇ~よ!」 「屁の『プッ!』って音を、ケツにホイッスル挟んで『ピッ!』に変換するんだぜ~♪ 『プ~』を『ピ~』だぜ~、ハッハッハッ!」 「もう、訳分かんね~よ! お~~~いっ! お尻のバケモノの正体、バカ親父だったから、大丈夫だよ~!」  僕は、妹を呼んだ。 「もう~~~、ほんっっっと、お父さんッ! 何やってんの?! 信じらんないッ!」 「すまんすまん!」 「お客さんだったり、宅配便の人が来たりしたら、恥ずかしいから、とにかく、中へ入ってよ、もう~~~ッ!」  僕と妹は、ケツを出してホイッスルを挟んだままの親父を、とにかく、一旦、リビングへ押し込んだ。  息子と娘に押し込まれる、自分自身の光景に笑けて来たのか、親父は、玄関からリビングまでの数メートルの間、 「クックックック」  と、笑うと同時に、  ー プップップップ ー  と、屁をこくので、それに(ともな)って、ホイッスルが、  ー ピッピッピッピ ー  と、鳴った。 「あ、二人とも、お帰り~! 早かったわね~!」 「もう~、お母さん、『早かったわね~』、じゃないでしょ! 嫁入り前の娘が、家に帰って来たら、玄関で、お父さんがお尻で笛吹(ふえふ)いてんだよッ! あり得ないでしょッ!」 「『お母さん』ではありません! 今は『プロデューサー』とお呼びなさい!」 「はぁっ?! ……ってことは~、コレッて~、母ちゃんのアイデアなのかよ?!」 「どう?」 「『どう?』って、何でそんな誇らしげなんだよ!」 「もう~、ほんっと、夫婦で何やってんの?! 信じらんないッ!」 「まぁまぁ、いいじゃないの。さっ、お昼ごはんにするから、あんたたち、手洗い・うがいしてらっしゃい」  僕と妹が洗面所で手洗い・うがいをしていると、リビングから、さっきのホイッスルとは違う音が聞こえて来た。  ー パァ~~~…… ー  何の音だろうと、僕と妹が耳を()まして()いていると、どうも、  ー ミ~~~…… ー  の音のように思えた。 「お兄ちゃん、ドレミの『ミ~』に聴こえない?」 「そだね~」  と僕たちが話していると、今度は、  ー ソ~~~…… ー  と鳴った。 「今度は、お兄ちゃん、『ソ~』、……かな?」 「『ソ』だね~♪」  僕と妹がリビングに戻ると、相変わらずケツを出したままの親父が、今度は、ケツにハーモニカを挟んでいたのだッ! 「なっ! なぬっ?!」 「あり得な~いッ!」 「ちょっと、あんたたち! そんなビックリしてないで、宴会の余興に()ける、お父さんの勇姿(ゆうし)を、ちゃんと見てお()げなさい! さっ、お父さん! さっき会得(えとく)した荒業(あらわざ)、この子たちに見せて上げて!」 「オッケ~~~イ!」  すると、親父は、ケツにハーモニカを挟んだまま、丸出しのケツを、クイッ……、クイッ……と、前や後ろに、ゆっくりと振り出した。  しばらく何の音も出なかったが、丸出しのケツを振っている間に、屁が降臨(こうりん)して来たのか、前にクイッと、  ー ミ~ ー  後ろにクイッと、  ー ソ~ ー  の音が鳴った。ちょっとずつ調子が出て来たのか、今度は少し長めに、  ー ミ~~~ソ~~~ ー  と、やってのけた。 「どうだ! おまえたち! 『♪ミ~ソ~♪』だけに、味噌汁(ミソしる)食いたくなって来ただろ? なんてな! ハッハッハッ!」 「ある意味、感心するよ、全く~」 「ほんと、開いた口が(ふさ)がらないって、こういうことを言うんだね、お兄ちゃん」 「そだね~」  うちの家には『バケモノ』がいたのではなく、『バカモノ』がいたのだった! 「で、母ちゃん」 「なぁ~に?」 「そのハーモニカ、どうしたの?」 「あ、コレ?! コレ~、あんたが小学生のときに使ってたハーモニカよ」 「えっ?! えーーーッッッ!!! 俺のーーーッッッ!!!」 「あんた、もう高校生になって、今は全然使ってないじゃない。だから、いいでしょ♪」 「何でだよッ! そのハーモニカ、小学生のとき、同じクラスにいた、もう今はカナダへ帰っちゃった、美少女のエリザベスと間接キッスをした、初恋の大事な思い出のハーモニカなんだぞーーーッッッ!!!」 「そうなの? ごめ~~~ん! でも、や~ね~、男の子って! そんな、子供のときに『間接キッスしたぁ~!』って興奮したハーモニカを、高校生にもなって、未だに、(なが)めたりしてるわけ~?」 「してね~よ!」 「だったらいいじゃな~い! 使ってないんだし~♪」 「だからって、親父のケツに挟むこたぁ~ねぇ~だろ~よ!」 「まぁまぁ、二人とも、それぐらいにして、さぁ、お昼ごはんにしよう! 宴会が終わったら、父さん、ちゃんとハーモニカ()いて返すから……」 「いらね~よ、気持ち(わり)ぃ~!」 「エリザベスとの大事な思い出の品なんだろ?! それも、初恋の~♪」 「……って、それを、あんたがケツに挟んじまったんじゃねぇ~か!」 「もう~、そんな怒んないでよ、お兄ちゃ~ん! ちゃんと拭いて返すからさ~♪」 「そういう問題じゃないでしょ! あなたが(なま)ケツで挟んだハーモニカ、あなた、口で吹けますか?」 「吹けません~♪」 「あ、あぁっ! 開き直ったなぁっ! 何か、腹立つわ~っ!」  さらば、初恋!  さらば、エリザベス!  君との、甘酸っぱい思い出は、親父の(なま)ケツに、食われました……。  ー ファッ! ー 「『ファッ!』って、親父! 『ファ』の音、鳴らした?!」  ー ファッ! ー 「えーーーッッッ!!! ハーモニカの『ファ』って、吸わないと鳴らないのに、鳴らしたって~……、えーーーッッッ!!! ケツで息吸ったぁ~?!」  ー ファッ! ー
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