悪友と髭面のオカマ

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悪友と髭面のオカマ

甘苦い青春の日々に想いを馳せていると、電車が動き出した。篠田から返事が来たのも丁度その時だ。『いつものバーにいる!』とだけ。遅えよ。 「いつものバー」は北千住の飲屋街に入り、一本右に入った道沿いにある、看板を出していない隠れ家的な場所だ。社会人になってから篠田に教えてもらった店で、大事な話をする時に決まって誘われるバーだった。僕も1人になりたい時に利用させてもらっており、オカマ口調のマスターはいつも相談に乗ってくれる。『はいよ』とだけ返した。 今日は何かあるな。 遠くに高速道路の明かりが見える。この川沿いで花火をしてからもう8年以上たったのか。遠い記憶のようで、すぐ近くにある。 見下ろせば荒川は黒々とうねり、明かりが反射して鱗のように輝いている。涼子との思い出も輝いている物ばかりであったと思う。音楽を聴いていなくてよかった。今失恋の歌なんて流れたら心が折れてた。 窓に映る僕はさっきより老けた気がした。 北千住の駅に着くと、西口の立体歩道橋をのろのろと左に曲がりエスカレーター降りる。行き慣れた場所なので迷わず行ける。途中、キャバクラやカラオケのキャッチにしつこく話しかけられた。やっぱりイヤホンだけでもしとけばよかったな。 店に入るとL時型のカウンターの奥に篠田が見えた。明かりが2つだけの薄暗い店内であったが、僕を見つけるなり手を振って呼んでくれたのですぐ分かった。「あらいらっしゃい。今日は何にする?いつもと同じでいいの?」「あ、うん。お願いします。」マスターに返すと、奥の席へ向かう。客は篠田含め2人しか居ないようだったので、手間取ることなく席につけた。 「それで?どうしたんだよ急に。」上着をハンガーにかけながら尋ねる。「実は俺たち結婚することになってさ。お前に最初に聞かせてやろうと思って。」思わず素っ頓狂な、声にならない音が漏れる。「そういうことなんで、これからもよろしくお願いします。」隣の女性の声に聞き覚えがある。 篠田の彼女でトモミという、篠田のゼミの2つ下の後輩で、とても面倒見の良い女性だ。2人は篠田が大学を出てから付き合っており、この度めでたく一緒になる報告をするために僕を呼びつけたのだった。 トモミとは大学を出てから会っておらず、見違えるほど綺麗になっていたので気が付かなかった。 それにしても間が悪い。振られた話を肴に酒を飲もうと思っていたのに。「マジかよ。おめでとう。言っといてくれれば何か持って来たのに。」「いや、俺とお前の仲だし、気なんか使うなよ。それに驚かせたかったし。」ニヤニヤと篠田が返す。「そうですよ、この人ヒロさんに言いたくてうずうずしてたんですよ。」トモミも続けて言う。2人してニヤニヤするな、といつもなら言ってやるが、今日は思いがけず祝いの席になってしまったので余計なことを言うのはよそう。 話を聞くと、どうやら今日は会社を休み一日横浜でデートをしていたらしい。なんだか難しい名前の高層レストランでプロポーズを決め、僕が来やすいから、とわざわざ北千住まで来てくれたとのことだった。「せっかくの記念日なんだから、俺なんか呼ばずにそのまま横浜で2人で過ごせばよかったのに。」と答えがわかっていながら野暮な事を聞くと、「いやいいんだよ。久々にお前にも会いたかったし。それにこういうのは自慢したいもんだろ?」と相変わらず篠田はにやけて見せた。久々と言ってもこいつとは2ヶ月前に会ったばかりなのに。
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