悪友と髭面のオカマ

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篠田とは何回も喧嘩をしたが、今でも親友だ。彼は喧嘩っ早い節があり、僕の性格もあってよく衝突したものだ。また、酔いが回ると熱く語りがちでもあったので、よく将来のことを語り明かした。今思うと理想しか知らない若気の至りというやつで恥ずかしく思うが、それも大切な財産だ。涼子のこともよく相談していたので、彼も僕と涼子のことはよく知っていた。 「じゃあ今相当へこんでるんじゃないんですか?今日来て平気でした?」心配そうにトモミが言う。「それがさ、へこんでるんだけどそこまでじゃないんだよね。何て言うか分からないなんだよな。困ったことに。」この言葉は強がりでも何でもなく本心だった。確かに涼子が僕の手から決定的に離れたことや、彼女の未来の相手に対する嫉妬はあった。 だか、ここ数ヶ月かけて彼女の心に僕がいないことを薄々感じていたし、それに徐々に慣れていったのかもしれない僕は果たして本当に悲しいのか。もしそれが当たりならば、どうしてさっき振り返って彼女を探したのか。 「多分あんたその子に対して何も思ってなかったのよ。」マスターがハイボールを差し出しながら割って入った。「話聞いてたけど、ヒロ君もその子もお互い別の方に心が向いてたんじゃないの。私は彼氏と長いけど、やっぱりどれだけ長くてもお互いに気は使わなきゃいけないし、尊敬し合わなきゃダメよ。」 「マスター、彼氏いたんですね」とは言えず酒で口を湿らせた。 少しだけ考えた後、「そういうもんかなぁ。」独り言のように呟く。「あったり前じゃない。何寝ぼけたこと言ってんのよ。あんた思い返してみなさいよ。初めの方はその時なりに気を使ってたかもしれないけど、最近どうだったの?ちゃんと彼女を大切にしてたの?」「そりゃ当たり前だよ。誕生日とか記念日だっていい所で祝ったし、プレゼントだって奮発した。」「そういうんじゃないのよ。普段のこと言ってんの。それにあんた、振られた理由しっかり聞いてきたの?いつまでもお子様じゃいられないのよ。」返す言葉が見つからない。 今日別れることは薄々分かってはいたので、沢田研二の『勝手にしやがれ』よろしく何も聞かずにさよらなをした。こんなことを言うと今までの相手に失礼かもしれないが、こんなに深く誰かを大切に思ったことが無かったのでどうすればいいか分からなかった。 「あんた最近自分の顔ちゃんと見てる?酷い目つきしてるわよ。」薄暗い店内でも分かるくらいの目つきしてるのか、少しショックだ。「そんなに酷いかな。」並んだ酒瓶に目線を逃した。 確かにここ半年程はノルマがキツく、翌日の数字を考えて寝付けない日々が続いていた。仕方がないので夜中2時まで深酒をしてなんとか眠ることが出来た日もあった。「仕事頑張るのもいいけど、彼女の事も優先的に考えなさいよね。」いつもより喋るマスターの言葉が正拳突きのようにど真ん中に突き刺さる。分かってはいたのだが、最近余裕が無くてそこまで考えが回らなかったのも事実だ。 「なんとかならないもんかね、俺涼子に本借りてるから返すときどんな顔すればいいか分からないんだけど。」助言を求める。「そんなの自分で考えなさいよ。私が分かるワケないでしょ。すぐに答えを聞こうとする早漏は嫌われるわよ。」坊主頭に少しの照明が反射する髭面のマスターはグラスを拭きながら会話を放り投げた。「そうするよ。マスターお代わり。」酒を飲み干してグラスを差し出す。 いつもと変わらず美味しいはずの酒は少しだけ薄い気がした。 こんなしみったれた話なんか忘れて、とりあえず今夜は愛すべき悪友のこれからを祝うことにしよう。 新しく酒が注がれたグラスを少しだけ掲げ、3人でカチン、と新たな門出へのベルを鳴らした。
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