悪友と髭面のオカマ

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祝いの席ということで、2人の支払いは僕が無理矢理持った。篠田は「こっちから誘ったのに悪いって。変に気遣うなよ、気持ち悪い。」と減らず口を叩いていたが、面と向かって感謝するのが恥ずかしいだけだと知っているので屁とも思わない。「本当にすみません、ありがとうございました。」とトモミは素直に感謝を述べた。「いや、いいんだよ。俺が払いたいだけだから。だから俺が結婚するときは奢れよな。」と、それなりの言葉を残しその日はお開きとなった。 23時少し前、帰りの電車に乗り込む。 車内は人が少なく、快適に過ごせた。朝まで飲み明かしてそのまま会社に行ってもいいと思っていたが、やはり今日も頑張って眠ることにしよう。 最寄りの駅から家までは歩いて約10分。 築18年のアパートで、入居する前にリフォームしただけあり外見中身共に小綺麗だが、やはり所々歴史を感じる。重い体をなんとか運び部屋の前に辿り着き、およそ整理されているとは言えない鞄の中から鍵を探し出し鍵穴に差し込む。十畳一間というなんとも微妙な広さの部屋は、寂しさも相まっていつもより寒く感じた。 明かりをつけると、様々な場所で撮った涼子との写真が貼り付けられたコルクボードやフォトフレームが嫌でも目に入った。 「この辺も全部整理しなきゃな」と曖昧な笑いを浮かべ呟く。自分自身に分からせるには声に出した方が良い気がした。 白馬のゲレンデでの写真は、運動が嫌いな僕に無理矢理スノーボードをさせようと涼子が連れ出してくれた時のものだ。存外楽しくて毎年2人でスノーボードをしにゲレンデへ出かけたよな。沖縄の今帰仁(きなじん)城で大自然をバックに構えた写真は、旅行で訪れた際に遺跡が好きな僕が半ば拉致して連れて行った時のものだ。木々を撫でる爽やかな風が吹き抜け、暑すぎる駐車場で食べた酒粕のアイスは最高だったな。鬼怒川沿いの旅館で露天風呂に入ったこと、高尾山に登ったこと、草津の温泉街を浴衣でぶらついたこと、伊豆の海でガラにも無くはしゃいだこと、今となっては苦々しい過去達がフォトフレームに映っては消える。 どうしてこうなったんだ。 どこでボタンを掛け違えた。 いつから彼女の優しさに甘えていた。 僕の何が悪かったんだ。 今となっては知る由も無い、馬鹿な男の下らない後悔が逡巡する。 マスターの正拳突きはボディブローだったようだ。 カレンダーに目をやると、再来週の金曜が僕の誕生日だったことに気が付いた。 自分の誕生日も忘れるような余裕のない男は誰だって嫌だよな、と卑下してみても意味がないのに。 軽くシャワーを済ませるとベランダで一服し、早々に布団に潜り込んだ。さっさと寝ることが出来たならばグチグチと考えなくて済む。 そういえばバーにあった荷物の持ち主はついぞ現れなかったな。どうでもいいけど。 起きたら全部夢だったらいいな。 今まで通り夜は涼子と電話で眠くなるまでおしゃべりして、朝起きたら『おはよう』と送り合えたらいいな。 そしてデートの行き先を考えたり、旅行の計画を立てたり出来たらそれ以上のことはないな。 仰向けで夜風が窓を叩く音を聴きながら、カーテンを閉め切って真っ黒に染まった天井を見る。手を伸ばしても見えない程深く冷たい闇の中で何が見えるわけでもないが、目を凝らせば何かがあると思いたかった。 「寒い。」蚊の鳴くような声しか出ない。 あの子しか解けない謎を孕んだもやが立ち込め、ツンと張り詰めた薄ら寒い部屋は嫌な感じがした。 時刻を確認すると0時20分。篠田からメッセージが来ていたが、どうせ今日のことだと思った。明日起きてから見ればいいや。 今日も眠りは浅そうだ。
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