追憶♯1

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「おかあさーん、そろそろ行くよー。」 玄関の方から長男の声が聞こえる。 今年から小学生の長男は何事にも張り切っている。今の声だって一段と大きい。 「今行くから靴履いて待ってなさい。」 と返事をする。 今日は家族で遊園地に行く約束だったが、日曜日にもかかわらず夫が急な仕事で仕方なく近所の公園に行くことになったのだ。 といっても、かなりの広さがある公園なのでお弁当だけ用意して、後は男子二人が遊びまわるのを見ているのがお決まりのパターンなのだが。 これを幸せと呼ばずして何が幸せか。 それでも、ふと思い出す。 あの夜上野駅で見た最後の彼の笑顔を。 笑顔と言うにはあまりにも寂しく、これ以上ない不細工なものだったが。 私にとって一生忘れられない笑顔というのは、今のところ彼の不細工なそれだ。 ピンク色のハードカバーの本を丁寧に仕舞うと、荷物を持って玄関へ向かった。
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