49人が本棚に入れています
本棚に追加
初旅行を思い返していると、電車が到着した。早速乗り込む。発車まで後3分ほど。
東京メトロ銀座線のシートは思ったより柔らかくはなかったが、特に座り心地が悪いわけではない。
『悪い、あと15分くらいかかる。』とだけメッセージを送る。篠田はあまり携帯を見ないので、既読は付かない。店を教えろ。
涼子と別れた、という実感はまだない。僕はまだ大事に思っているし、ひょっとしたら復縁できるのではないか、僕は試されているのではないか、また以前と同じように隣に居てくれるような気がした。いや、そう思いたかった。彼女がどうかは知らないけどね。
恐る恐る彼女のインスタグラムのページを覗く。まだそこに僕がいれば、どんな形であれ彼女の中に僕の居場所がある気がしたから。
消えていた。
どうやら写真の有無は関係ないようだ。
「肝が冷える」は的を得た表現だと思う。たった今、痛い程実感させられた。
そんなにあっさりと捨てられるものなのか。
いや、恐らく彼女は早めに身辺整理を済ませたいのだろう。
僕はまだここから動けないのに、彼女はなんとか歩き出そうてしている。
微妙な座り心地の電車は、胸が抉られるような、嘔吐の前触れのような不快感と倦怠感を搭載した僕をあの世へと連れてゆくように優しく動き出そうとしている。
僕の出棺を焦らしているのだろうか。
薄ぼんやりとした意識の中、分かり始めたことがあった。
たった今から、「何よりも特別な彼女との思い出」は「ただの元カノとの過去」に勝手にラベルが貼り替えられてゆくのだ。
色褪せたそれらはゆっくりと燃やされ、綺麗な燃えカスになれば上等と言ったところか。
ならば塵一片残らないほどの激しい炎で手際よく焼き払い、カスなんか興味を持つ前に海にバラ撒いてやろうか。
僕は、君のお気に召す、「遥か遠くにある同じ場所へ向けて歩幅を合わせられる理想の人」に少しは近付けていただろうか。
それは、別々の電車で別々の場所を目指す二人だけが共有する最後の問いなのかもしれない。
そんなもの知る由もなければ、知ったところでどうにかなるわけでは無いんだけどね。
最初のコメントを投稿しよう!