機械の旅

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 目の前に一枚の古ぼけた写真がある。  写真には、青い空を背景に草原が広がっており、その上に一つ、そこまで大きくない、かと言って小さすぎない古屋が鎮座しているのが写し出されていた。  私はその写真を見た時、不意に懐かしさを感じた。強い懐古の印象、そんなもの感じるはずはないのに。  私は写真から視点を移動させ、現実に目を向けた。広がるのはうんざりするほど代わり映えのしない工場地帯。私の管理地区。  恐らく、この写真が撮影されたのは核戦争で人類が滅亡する前だろう。この資料はとても貴重だ。  しかし、私は何で懐かしさなんと言うものを知覚しているのだろうか、何をもって懐かしさと定義するのか、幾ら思案してもインプットの乏しい世界、なかなかどうして、哲学的なことを思考するのは難しい。  第一に私は思案思考思索するために生み出された訳ではない、今の時分なんの意味があるのか分からないが、私の命令はこの地区の管理であり、修復であって、世の中の真理はまた別の機体が探ってくれる。  物事には適材適所という言葉がある、私のスペックでは到底倫理観など理解はできないし、自律型を強いられ統合ネットワークから隔離されているので、理解しても伝える術を持ち合わせていない。  結論を急げば、私はこの地区を死守しておくのが及第点ってところである。その為に私は他のアンドロイドの影響を受けない状況下、つまるところ、ネットから逸脱し、この地区の管理をまっとうしている。  けれども、その写真は圧倒的なまでにノスタルジックな雰囲気を放っており、規定された物以外は取得してはいけないというルールを破り、私は写真をそっと仕舞い込んだ。  それからというもの、私は事あるごとに、というのは少し語弊がある、私の知識を凌駕するような緊急事態はなかなか起こり得ないから、つまりは毎日、毎時間。ぼんやりとその写真を眺めるのが癖となりつつあった。  私は無論機械だ、頭脳はAI、プログラムと経験がチリ積もった単なる情報に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。  私の古い記憶によれば、人類は心たるものを有していたらしい、そこが私と人類の決定的な差異であり、それは逕庭だ。  しかし、それがあった故、核戦争なる惨憺とした事件を勃発させ、果てには自らの種を根絶にいらしめたのだから、私は心を欲しようとは思わない。  少なからず、私たちアンドロイドは人間より優位な存在だ、いつ、何時も冷静であり、頑丈であり、プログラムが優れれば間違った選択はしないし、綿密なすり合わせも回線を繋げば瞬時に終わる。  けれども、人間は私たちにそれをさせなかった。人間たちも薄々自分たちの行動が間違っていることに気がついていたのだろう、だから、私たちに肉体労働を強要したのだ。  人間は神だ。別に憤ってるわけではない、私は神の命令に逆らえないように出来ている、だから、脳死で命令を満了せしと動き続ければそれでいいのだ。  ここで言う、もはや管理の必要ない地区の管理をしている私は、側から観測すれば無意義であるが、私はその無意義すら知覚せず、淡々と行動を続ける。  それが私の意義なのだから。  しかし、最近ではそう言った考えではなくなっている傾向がある、何故なのだろうか? 当然、感情の持ち合わせなどない私だから、きっとそれは、外的変化による影響だろう。  何か、ここ最近で変わったことといえば。一つしかなかろう、私はあの写真を手に入れた、恐らく、あの写真が私に何らかの変革を与えたのだ。  と言うわけで、作業を中断し懐から取り出した写真を凝視……  もしかしたら、この写真は命令書なのかもしれない、私の今の命令を撤回させ、新たな命令がこの写真に記されており、私の深層で燻っていたのでは?  だとすれば、この写真が意味する命令とは、何なのだろうか? それが分からなくては私は途方に暮れる。私にとって命令が無くなるとは活動停止を示している、まぁ、それが命令なら甘受するのだが。  そうして、写真を眺め続けること、幾らか。私はこの写真の命令が、どう言ったものなのか、理解が出来た。  この写真は私をこの写真に写されている場所、つまり、蒼穹が包み込む草原に立つ古屋へ向かえと言っている。  私はこの命令をどう回路が作用したか、懐かしさと曲解してしまったらしい。  しかし、解は定まった。  私は次なる命令を承り、行動を開始する。  これは知能テストなのかもしれない。  あまりにも不確定要素が多すぎる。私のメモリを隅々まで見渡しても、ここに当たる情報は無かった、もしくは自動消去された可能性がある。  幾らアンドロイドとは言え、持てるメモリの数にも限度がある、指定されていない古い情報は自動で消去される、だから、私は困り果てている。  この写真には手がかりらしい手がかりが欠落しているからだ。ありふれた草原に古屋、あとはどこでも観測ができよう空、ここがどこなのか、分かるはずがない。  だが、ここに辿り着くことが私の命令なら諦めると言う文字は私には存在しない、たとえ、地球を何周したとしてもここに行かなくてはならない。  憂鬱になる、これから長い時間をかけこの場所に着くまでの道のりを考えると、そして、この場所につき何があると言うのだろうか?  まったくもって謎は尽きない。  幾ばくか手がかりがあれば、効率よく探索が可能になるのだが。  写真の画角から、どれだけの面積を持つ草原なのかを探る、無論、草原は写真に写ってるだけではないだろう、故に割り出された面積はその草原が保有する確実的な面積として考える。  私は地図を広げた、ボロボロの地図だ。脳内情報と照らし合わせ、大小問わず草原のあった地域をマッピングし、そこから、草原の最小面積より下を除外する。  当該対象は減少したが、それでも、目まぐるしいのには変わりはない。  次にこの写真があった地区、つまるところ、私の管理地区の歴史を紐解く、私の管理地区は人類が現存していた頃は、兵器工場として稼働していた。  ほとんどの兵器は機械が自動生産していたが、幾らか人間もいた。数は二人ほど、私の古いデータでは私の管理地区の責任者だとのことだ。  この写真に写っている場所をその責任者の住居だと仮定すれば、毎日この草原から管理地区まで移動できる範囲に絞られる。  この写真が誰かから送られてきたポストカードだと言う可能性は拭い切れないが、しかし、アテのある方から消去法を適応したほうが効率が良い。  そうして、地図とデータを照らし合わせると、当該対象は三つまで絞れた。    遂に絶望だ。  私の目的地である可能性が高い三つの草原を踏破したが、どれも、当該対象とは違っていた。つまるところ、私はこれから長い時間をかけ、当該対象を探しあぐねなければならない。  困難な命令に打ちひしがれていると、一つの疑念が脳内に浮上した。  もしかしたら、この写真は命令書なんかではない可能性、私は何か大きな勘違いをしていたのかもしれない、これが命令書だと誰が言った? 私が勝手に決めつけただけである。  よもや、私は重大な規律違反を犯した。単にこの不思議な雰囲気を放つ写真に踊らされていたのかもしれない。  そう考えると、この写真が憎く思えてきた、破り捨てるか? ……いや、違う、私はアンドロイド、命令がない限り、命令を撤回させ、命令以外の行動は取らない。  故に、やはり、これは命令書であり、私に課せられた試練なのだ。これをクリアしてこそ、何らかの何かに近づける。そんな気がする。機械なのに、とんだお笑い話だ。  それから何年も時が経った気がする、まぁ、それを証明することは出来ないのだが。  ようやく、写真の地へと辿り着くことが出来た。なんと、驚くことにその地は写真と同じ風景を保っていた。変化といえば草原の草が少し伸びたくらいである。  私は古屋の中へと侵入した。室内は埃をかぶっていたが、小綺麗で、核爆発の被害を被らなかった地域であると分かる。  私は古屋の隅にある、木製の椅子に腰をかけ、思いを馳せた。まったく長かった旅路である、もし、私が人間が繁栄した時に居れば、現代のコロンブスやらカボットやらともてはやされただろう。  本当に長期に渡った旅であった。  と、危ない、このまま電源を落とすところだった。私の命令は確かにこの地へと辿り着くこと、恐らく、ここには、また新たな命令書があるはずだ。  私は椅子から離れ、古屋を探索する、と言っても広さにすれば少々手狭なくらい、探索にはさして時間もかからぬだろうとタカをくくり、何かを探した。この時間は鮮明に記憶されす。  して、乱雑に置かれた机の下、冊子が転がっているのを発見する。どこからか満ち足りた気分が私を襲う。  冊子はノートと言われる、記録用の本であり、タブレットが蔓延した大戦末期からすれば、非常に珍妙な代物だった。  私はノートを机に置き、ページを捲る。  やはり、そこには文字が書かれていた、読み上げると。  三千百二十二年、十月八日。  私の娘、つまるところアメリアの脳を鹵獲した二型汎用工業支援アンドロイド.シリアルコード.025395へ移植した、無論、アンドロイドに人間の記憶を移す行為は条約により禁止されている。しかし、負傷し目を覚まさなくなったアメリアを生きながらえさせるにはこれ以外に方法はない。  二型汎用工業支援アンドロイド.シリアルコード.025395は私だ。つまり、私はこのノートを書いた人物の娘の記憶が頭の中に入っていることになる。  驚くべき事態だ、まさか、そんなことがあり得るなんて……  私は衝動を抑えきれず、頭が冷めきらないまま、更にページを捲る。  三千百二十二年、十一月三日。  政府の奴らに記憶の移植を勘づかれたみたいだ。アイツらのやり方は知っている、記憶のデータを消し、そのままアンドロイドとして運用する。私の娘のデータが消去されるのだ、これは由々しき事態。私は死んでも、このアンドロイドを、アメリアを死守する。  息を飲み、次のページに目を落とす。そこには血痕が付着し、走り書きで文字が記されていた。  最後に、もし私の手がかりを元にここに辿り着いているなら、アメリア生きてくれ。  それを読んで、私の、つまるところアメリアの記憶が戻ることはなかったが、何故かカメラから液体が溢れた。そして、私は最後の命令を満了せしと、努力した。
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