<後編>

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<後編>

 聖なる鏡を手にするのは、当然簡単なことではなかった。神様の領域に近づけば近づくほど、モンスター達はその力を増していくことになる。強大な力に立ち向かうのは並大抵のことではなく、ましてや鏡が存在するのは聖なる山のすぐ麓の森なのだ。  森の奥深く、山の入口近くに湖があり、鏡はそこに祀られているという。  鏡を守るのは強大なドラゴン。湖に来るまでに満身創痍になっている勇者達が戦うには、あまりにもしんどい相手であると言えた。実際、僕が湖までたどり着いた時には、その近辺に明らかに人間のものと思しき骨が大量に転がっていたのだからつまりそういうことだろう。ここで死ねば、死んだことさえ遺族には伝わない。まともにその遺体を回収できる者がいないからだ。 ――世界の危機がどれほど深刻であっても、急いては事を仕損じる。  父に教わった剣術と、祖父に教わった魔法。いくら僕は血筋の意味で普通の者達より優れていたとしても、ひとりで戦わなければいけない以上限界はある。勇者になる者は、パーティを組むことが許されないからだ。湖に複数の人間で立ち入った場合、聖なる鏡は出現しない。過去の文献からそれはわかっていることである。そして聖なる鏡を持って神の山を登ることが許されるのも、ひとりの人間に限定されているのだ。  鏡がなければ神に会えない、というのは。鏡がなければ神の姿が見えないということもあるが、それ以前の問題で神の玉座に繋がる道が開かれないからというのもあるのである。 ――アカンベの町の、ワイバーンによる大量殺戮。クルメの港を襲った大津波。コナベ山の土砂崩れによる大量の示唆に、カーサントラルーの町で起きた竜巻による被害……。  一番近い町で買った新聞を、僕はぎゅっと握り締める。早く神様を退治しなければ、世界は神様の手によってボロボロに壊されてしまう。人類滅亡も、そう遠い未来ではないことだろう。だが、地道なレベルアップなくしてボスに挑むなど愚の骨頂だ。増え続ける被害を伝える新聞に歯を食いしばりながらも、僕は町と森を往復し、着実な経験値を技術を磨くことに専念したのである。  その期間、おおよそ一ヶ月。  その間に、何人もの勇者候補が旅立ったという情報を耳にしていた。湖に向けて出発した者の中には、宿泊した町の出身者も複数含まれている。  しかし、誰ひとり帰ってくることはなく、そして災害が止むこともなかった。全員が鏡の入手か、あるいは神様の討伐に失敗したことは明白すぎるほど明白である。
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