<後編>

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 *** 「ああ、来てくれてありがとう……今代の勇者」 「え、え……?」  鏡を持っているがゆえ、現れた扉を開き。そして長い光の階段を登った先で――神様は玉座に座り、僕のことを待っていたのだが。  僕が驚いたのは、その神様の姿に見覚えがあったからだ。そう、歴史書にも載っていた、その顔は。 「せ、先代の、勇者様……!?どうして……」  先代勇者である、コーストン。神様は神々しい龍でもなければ大いなる不死鳥でもなく、人間の――それも先代勇者と全く同じ顔、同じ姿をしていたのである。その立派な髭に体躯、珍しい紫色の眼は間違いない。歴史書に描かれていた絵と特徴と完璧に一致している。  まさか、神様は代々の勇者の擬態をするのだろうか。僕のそんな淡い望みは、あっさりと本人によって打ち砕かれた。 「いかにも。俺が、先代勇者のコーストンだ。そして今は、この世界の悪しき神でもある」 「ど、どういうことです……!?勇者ということは、貴方はかつて暴走してしまった神様を倒し、世界を救った人物であるということ!それが何故、世界を滅ぼす神に成り果ててしまったのですか!?」 「ははは。まあ、その疑問は致し方ないことではあるな」  気がついた。コーストンの眼は落ち窪み、どこか疲れきっているということに。  その顔に見えるのは底知れぬ深い深い、絶望以外の何者でもないということに。 「神を殺した勇者は、消えるのではない。その神になりかわり、自らが新たな神となる。それが、長年続いてきたこのトラストという世界のルールであったのだ。とはいえ、ただの人間である勇者が神の領域に進化するには時間がかかる。神が不在である期間、というものが存在するのはそういうことだな」  邪神は、殺されて浄化され、再度蘇るのではなかった。  倒した者が新たな神として君臨し、この世界の平和を守る存在となる。それが真相であったのだ。 「勿論、俺も自分が神になるなんてことは知らなかった。最初は戸惑ったが……同時にこうも思ったわけだ。俺が新たな神としてこの世界を守り続ける限り、もう二度と“神の暴走”などという大災害は起こらない。それを自分が礎となって築くことができる……これほど素晴らしいことはないのではないか、と。命を捨ててでも世界を救おうという勇者だ、トライヴィスよ、お前も同じことをきっと考えるのではないか?」 「そ、そのとおりです。確かに僕が新しい神に、なんてあまりにも恐れ多くて戸惑いますが。僕が神様として平和な心を持ち続ければ問題がないというのなら、それはとても簡単に思えてしまいます」 「そうだろう?俺もそう考えていた。だから数百年、一生懸命この世界の平和を守り続けていたんだけどな……」  お前にも、いずれ分かるさ。コーストンは深く、深くため息をついた。 「神は、この玉座から出ることはできない。外の世界に影響を与えることはできても、人と話をするには至らない。顔をあわせることもできない。ただあらゆる世界を孤独に眺め、必要とあれば雨を降らし日の光を与え、森を作り川を作り争う心を鎮めるのみ。あまりにも孤独で、退屈なのだ。その上、見たくもないものばかりがこの眼には映るようになってくる……それが、あまりにも耐え難いことなのだよ」  僕の脳裏に蘇ったのは、旅立ちの後の最初の町で、店先のおばさんに言われた言葉だった。 『神様の高尚な考えは、あたしらみたいな庶民にはわからないよ。でもまあ……いろいろあるんじゃないかい?それこそ、ただ平和に世界を見守るだけでは退屈するようになっちまった、とかさ。そんな理由で世界を危機に陥れられたら、こっちとしてはたまったもんじゃないけども』  まさかそれが、真実であったなんて――一体どうして予想できただろう。  つまり彼が、大災害を起こして暴走し、人々を危険な目に遭わせたのは。 「邪神となれば、勇者が俺を倒しに来てくれる。……俺の前の神がそうしたように」  退屈と孤独、それによる絶望に疲れた神たる男は――さあ、と両手を広げて無抵抗を示した。  戦いにもならない、する余地もない。彼は最初から、殺されるためだけに勇者を呼び出したのだ。 「お前には悪いが……殺して、終わらせてくれ。そして“代わって”くれ。この最高で最悪な、神という名の地位を。殺して貰えるまで、俺は“邪神”として人々を追い詰め続けるぞ。お前はそれを、食い止めたいだろう?」  僕に、選択肢はなかった。  この剣を、哀れな“神様”に向けて振り下ろす以外、何も。
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