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<前編>
魔法文明の世界、“トラスト”。
この世界が抱える最大の問題はやはり、数百年に一度起きる“大災害”ではなかろうか。
「歴史書では読んでたんですけど、まさか本当に起きるだなんて思ってもみませんでした」
僕がそう告げると、多くの魔術を学び操る“大賢者”たる祖父は、本当にそうだな、とため息をついた。
「数百年に一度、だからな。前回起きた時を覚えている人間は誰もいないのだから仕方ない。こうして記録を残す文化があり、その時人類が滅ぶようなことにならなかったから、かろうじて我々も情報を共有できているわけだが」
「そうでなかったら誰も信じませんよね……今までトラストの平和を守ってくれていた“神様”が、数百年に一度大暴走を起こして、人類を攻撃してくるなんて」
「ああ、本当に。一体神に何が起きるというのか」
そう。この世界最大の問題は――モンスターが住む森でもなければ、未開の土地が数多く存在していることでもない。この世界の平和を守ってくれるはずの“神”が、数百年に一度暴走を起こして世界を滅ぼしかけることなのだ。
その周期はおおまかに“数百年に一度”なので、正確な時期は誰にも予想できない。確かなのはそれくらいの時期に神様が心変わりをしてしまう、あるいはおかしくなってしまうということ。そのたびに何百、何千、何万もの無辜の人々が犠牲になってきたということ。
そして全ての事件は、最終的に“神様”を“勇者”が討伐することで終結してきたということである。
「神様を倒して、生きて帰った勇者はいない……恐らく神殺しというものが、どれほどの邪神となってしまった神であっても大罪となるからであろう。そして神に会うことができるのは、“試練の塔”から聖なる鏡を持ってくることができた者であるそうだ。鏡に選ばれた真の勇者でなければ、神の姿を見ることさえも叶わぬのでな」
そう言って、祖父はパタンと分厚い歴史書を閉じた。その顔が疲弊と苦悩に満ちている原因は僕にある。僕が、勇者となり、世界を救うことを心に決めているからだろう。
勇者になるということはつまり、神を倒しても倒せなくても、最終的に命を落とすことに他ならない。旅立ったら最後、二度と祖父の元に戻ってくることはなくなるからだ。
「本当に、行くのか……トラヴィス」
行かないで欲しい。皺だらけの顔には、そんな感情がありありと浮かんでいる。
「お前はまだ、十六歳の子供ではないか。……確かに、お前がこの世界に貢献したいと考えてきたことはわかっている。真面目で、優しく、誠実なお前はどこに出しても恥ずかしくない息子だとお前の父も常々褒めていた。私だってそう思う。そんなお前を、勇者になどしてほしくはない。たとえ、勇者として世界を救った者の家族が称えられ、未来永劫王家からほ莫大な支援を受けることができるようになるとしても、だ」
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