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モノクロファクト
大切な人が姿を消してしまったら。
想像するだけでも嫌な出来事に、僕ーー坂巻瑛太は人生で二回、その体験した。
一回目は自分の小学校への進学祝いで親族が集まった時だった。
祖父の家は広く6LDK程。彼は酒に気分を良くし、上機嫌だった。僕は祖父と遊ぼうと思っていた。そんな時、酒の席から立ち上がった彼は書斎に向かった。普段は鍵が掛かっている場所。僕は後を着けて、部屋に入る彼の背中を追った。
いつもは、触ったらいけないよ、と言われていたカメラとレンズが入った防湿庫を祖父が開けていて、僕は「じいちゃんずるいよ」と声を上げようとして、近付いた。
少し開いた、焦げ茶色の開き戸を両手で持ち、彼の行動を見ていた。古い本を開いた時のような埃っぽい匂いがしていた。
東奥の角部屋、窓は北側にしかなく、閉じたカーテンの室内は薄暗かった。その隙間から、昼下がりの気怠い光が部屋に忍び込んでいた。机の脇に置かれたボトルシップがやけに大きく見えた。
彼はカメラと紙切れを持った途端、瞬間移動したかの如く輪郭に細かい線を放射状に残して、跡形もなく消えてしまった。目の前で起きた事が信じられず、声もあげられなかった。
掴んでいた扉が手汗で濃く変化し、その色が視界に入り込んだ事で自分を取り戻した。
そして、そのいなくなったと思った瞬間、祖父はまたすぐに姿を表した。
今の何?
なんで、じいちゃん、一瞬、消えちゃったの?
疑問とパニックを併せ持った感情で足が震えた。
ーーーそして、二十四年後。三十歳を迎えた今日。
あの時と同じ気持ちを抱き、ダイニングテーブルの上に置かれた、妻の名前が記銘された離婚届と指輪を見つめた。
二回目に人が消えたのは、二年目の結婚記念日。
仕事から帰ると妻は離婚届と指輪を残して家から姿を消していた。
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