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「お前、佐々木様でも滝沢様でもないなっ! その方に近づくなっ」
その声とほぼ同時に自分のボトムスのポケットから振動が伝わった。携帯電話を取り出し、画面を見ると時刻は17時。終業の時刻に合わせてセットしていたタイマー。タイミングの良さに笑ってしまった。詰めの甘い僕は仕事が休みでもタイマーをOFFする事を忘れていた。タイムリミットの時間。ミッションは完了だ。携帯電話を祖母の目の前に掲げた。
「あら、この小さな薄い箱みたいな物はなんですか?」
予想通り祖母は目を輝かせた。
「これは携帯電話と言います」
「……へぇ、お電話ですか? これで話ができるなんて本当かしら? まるで未来からーーー」
「おいっ! お前っ! 先ほど滝沢様も佐々木様も写真館に来られた。そのお嬢様に近づくなっ! 一体誰なんーーー」
2人の重なった疑問は最後まで僕の耳に入る事はなく、視界が反転し眩しい輝きに包まれた。明るさに我慢できなくなり、目を閉じた。
祖父の言葉は最後まで聞き取れなかったが、彼が不審な僕を警戒して、祖母の身を案じているのは分かった。
ばあちゃんが先にじいちゃんの事を好きになったけれど、じいちゃんもばあちゃんの事、大事に想っていて、それを簡単に口に出せない状況だったのだろう。
似た者夫婦。でも、想い合っている事は第三者の僕には伝わった。
頬と指先に刺さった冷気は一気になくなり、体を暖かい温度が包んだ。ゆっくりと目を開けると右手にはフィルムカメラ。左手にはモノクロ写真が握られていた。埃っぽい乾燥した空気が鼻を掠める。手汗は相変わらずだ。周囲は静まり返って、若かりし頃の祖母も祖父もいない。見回すとくすんだボトルシップ。防湿庫の上に置かれた、デジタル腕時計は13時35分。
ーーー帰ってきた。
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