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「ねぇ、瑛太! 写真見た? 可愛いでしょ。まだちっちゃいけど、9週目ぐらいなんだって。ちょっと、聞いてる?」
モノクロ写真を持つ手が震えた。
「…直接、言ってくれたら、よか、っ、ズズっ…」
発した声が涙声に変わって、頬に冷たい雫が伝った。嬉しい、良かった、直接言ってくれたら悩まなかったのに、でも、悩む前に勝手に居なくなったと勘違いして踏み込まなかった自分も悪い。
「悪阻が酷くて、手紙でごめん。エコー写真、大事に置いといてね。またアルバム作る、オェッ、って瑛太、泣いてる?」
鼻を啜って、腕で涙を拭った。電話で良かったと思った。父親になるのに情けない姿は晒せない。
「…泣いて、ない。僕の事はいいから。身体、大丈夫? 悪阻そんなに酷い?」
「酷いか、どうか分からないけど、ずっと船酔いしてる感じ。あ〜気持ち悪い〜匂いも全部が臭くて。ご飯が炊ける匂いもダメ。ご飯食べるのも嫌だけど、ソーダは飲めるからそればっかり、あ〜吐きそう」
美由紀はそう言って、しばらく実家で過ごす事、僕の生活の心配をしてくれた。
電話を切った後、もう一度よくモノクロ写真を眺めた。
祖父から預かった祖母の写真と違ってペラペラで薄い。でも、白、黒、グレーの濃淡で表現されている世界は一緒だった。
黒のボールの中に、豆みたいな白い物体が外枠に引っ付いた様に写っている。何が写っているのか、見ただけでは分からない。違和感が強く、実感がない。思ってもなかった真実に困惑してしまう。
僕がマイナスに捉えて動けずにいたのがバカらしくなるほど、明るい話だった。でも、父親になるという事は身が引き締まるような責任も感じる。明るいだけの話じゃなくて、この先、予想もしなかった苦労も嬉しさもあると思う。
その真実を見つけるには、事実に向き合って、踏み込まないと分からなかった。
祖父のモノクロ写真は事実に踏み込んで、真実を得る勇気。
僕が目を背けていた事実の裏には、未来へ続く道という真実が隠されていた。
それを二枚のモノクロ写真から教わった。
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