モノクロファクト

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 説明を聞いた後、僕は病室を出た。祖父は自分の余命について詳しい期間の話はしなかったが、近くで見ると、彼の手足は直視するのが(はばか)れるほど痩せこけていた。残されている時間は可視化する事は出来ないが、焦りを覚える変貌―――羸痩(るいそう)だった。なるべく早いほうがいい。  エレベーターホールで待っていると、扉が開いた。紙袋を持った中年女性、帽子を被った背の高い老人、車椅子に乗った若い男性と入れ替わるようにエレベーターに乗り込んだ。閉まる扉越しに、すれ違った人々の姿を見送った。  病院を後にしながら、預かった家の鍵と手紙、モノクロ写真の入った透明なビニール袋を眺めた。  祖父は僕が依頼を承諾すると、ふっと緩んだ笑顔を見せた。その後、タイムスリップの概要について説明してくれた。  まず、タイムスリップの条件として、モノクロ写真とカメラを同時に触れる事。  すると、その写真を撮った過去の瞬間に移動する。その時代で出来る事はスリップした時代の情報を知る、のみ。これだけらしい。  その時代の物は持って帰る事ができない。  過去を変えるような行動は出来ない。  その時代の人に、自分が違う時代やそぐわない場所から来たのだと疑われた発言を聞いたが最後、スリップした瞬間に強制帰還されてしまう、と言うシステム。時間の経過は、帰って来ても元の時間に帰ってくるため、浦島太郎にはならないという事。  写真1枚につき、スリップ出来るチャンスは1回のみ。  怪しまれないよう写真の時代の服装に着替えて行く事、時代背景の情報を収集して行く事を勧められた。  写真にはS28/12/06と明示されている。  昭和二十八年。僕どころか父もまだ生まれていない時代。想像さえつかない。事前に下調べをしておかないと、すぐにその時代の人間ではない事が判明し、強制送還の可能性が高まってしまう。身なり、服装、言葉使いにも配慮が必要とされる。  目的は写真の人物の名前を知る事だ。  そして、リスクは高まるが祖母に写真に一緒に写っている彼をどう想っているのか、直接聞けばミッションは成功したようなものだ。  祖父は写真の元婚約者に、祖母が想いをずっと寄せていたように思い込んでいたが、例え写真という事実が残っていて、出会った時の年齢が合致しなかったとしても、僕には祖母が祖父と幸せに笑って過ごした時間が偽りだとは思えなかった。事実はそうかもしれないが、祖母に直接話を聞けば真実は違うかもしれない。そう、信じたかった。あの手紙は祖父へ宛てたものだと思いたかった。真実はどうか分からないが、はっきりさせて祖父を安心させたい。安心させることの出来る「真実」を得たい。  頼まれた事は「知る」と言う単純な事だけれど、チャンスは1回。失敗は許されない。  身が引き締まる思いを抱えて、僕は祖父の家に向かった。
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