モノクロファクト

7/16

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
*  黒の格子柵、その下に四段ほど重ねられたブロック塀の溝には苔が生えている。塀に囲まれた、趣のある赤褐色の瓦を乗せた平屋が目に入った。門の扉の向こうに(けやき)の新緑が風になびいている。木影は塀越しには見えない。  右手首のデジタル時計に目を落とすと時刻は13時15分。  僕は坂巻の表札を横目に門を開け、庭の石畳を抜けて、玄関へと向かった。肩に掛けていたカバンからビニール袋を取り出し、扉の前で家の鍵をビニール袋から出した。解錠し、キツネ色をした万本格子横目の扉を開けた。ガラガラガラと音を立てて、家に入ると主人不在の家は静まり返っていた。  玄関タイルは薄墨(うすずみ)色で僕の心の不安を思わせた。履いていたシューズを脱いで、二段になっている上がり(かま)を踏むとギシィと床が鳴いた。ウィリントン織ペルシャ柄の玄関マットが僕を迎えてくれたが、鮮やかさを失い覇気が無かった。焦茶色の床は幾度となく踏まれ、ワックスを塗っているためか艶を帯びている。この家に足を踏み入れたのは祖母の通夜以来だ。子供の頃にはよく訪れていたが、大人に近づくにつれて機会が少なくなっていた。  廊下をまっすぐに進むと右手にダイビング、フローリングの床にテーブルと二脚の椅子があった。その奥に台所が見える。そこには足を踏み入れずに、東奥の角部屋を目指した。埃っぽい匂いが鼻をかすめる。人が生活していない家は静か過ぎる。役割を全うできずに、(くすぶ)っている雰囲気があり、一気に光を失ってしまったようにも思う。  見覚えのある懐かしい祖父の書斎の開き戸が目に入りノブに手を伸ばした。ノブを回すと鍵は空いていた。ゆっくりと扉を引き、部屋の中を覗く。北側の窓、カーテンの隙間から光が入り込んでいたが、記憶よりは明るく感じた。部屋に入り、電気のスイッチを押した。家に入った時とは比べ物にならない程の乾燥した空気に包まれた。  南壁一面、本棚が占めており、洋書、カメラ機械の専門書、写真集、写真アルバムの背表紙が目に入った。入りきらない本は本棚の前の床に積み重ねられ、埃をかぶっていた。  突き当たりの東側には見覚えのあるボトルシップが飾られており、僕の記憶よりビンがくすんでいた。船は霧の中を彷徨(さまよ)っているように見えた。 「思ってたより、小さいな」  幼い頃、ここは祖父の仕事道具があるからと、普段は部屋には鍵が掛けられており、入ったことは数える程しかなかった。その時は見るもの全てが大きく見えていたが、大人になって今改めて見てみると思ったより小さい。  目的の防湿庫は部屋の角にあった。僕の胸ぐらいの高さ。防湿庫の下にはダイヤル式の金庫がある。防湿庫は三段からなっており、防湿庫の最上段に目的のフィルムカメラが置いてあった。中段にはサイズの異なったレンズが3つ程並んでおり、最下段にはカメラ本体が並んでいた。デジタル式で液晶画面やWi-Fi設定ランプが搭載されており、最近まで活躍していた機種のようだった。  祖父の元仕事道具達。  祖父はこの家から少し離れた「坂巻写真スタジオ」を営んでいた。それは祖父の父の代から続いていたらしいが、長男である僕の父はサラリーマンとなり、後を継がなかった。昔、父が写真館では食っていけない、とぼやいていたのを聞いたことがある。祖父も父に家業を継ぐことを強いる事はなかったらしい。  結局、祖父の写真館は五年前に惜しまれつつ、閉店してしまった。祖父は退職してからも趣味でカメラ撮影をしており、知人や元お客さんに個人的に頼まれればポートレート写真を撮影していた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加