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ダーク・ホーリー 〜北の黒い森の魔女の息子 その1
どんよりとした暗い北の空に、長い冬の訪れを感じて大きく息を付く。
見回すと、この間まで美しく青々としていた草原は枯れ、その向こうには紅葉した葉が落ちている木の森が広がっていた。
ヒョオオオオッ
強い風が吹き、小さな少年ホーリーの、緩やかに巻いた黒髪が風になびいて顔にかかる。
黒衣に茶色の葉が張り付き、それを取ってクルクル回した。
「冬……か。」
誰もいないこの土地で、生まれたときから母と2人暮らし。
人と関わることを嫌う母は、北の果ての魔女、北の黒い魔女などと呼ばれ、恐れられている 。
ホーリーも見かけは10歳前後だが、本当の年齢は一体いくつだろうか。
大切にしている指輪の為に、彼は成長を止めている。
魔女の息子として、魔法を極める彼も、時々こうして母と暮らす家を出て、息抜きに外の世界を散歩するのが楽しみの一つだった。
突然、ピョンピョンと茶色のうさぎが走り去ってゆく。
フッと微笑んで、木の実でも取っていこうかと森へ歩き出したとき、人の気配を感じた。
この辺りに人が来るのは珍しい。
狩人はたまに見かけるが、風に混じって聞こえてくるのは女の泣き声。
ホーリーが立ち止まり、じっと目を閉じ空を仰ぐ。
パッと東に目をやって身体をブルッと震わせると、ホーリーはブツブツとつぶやき、その姿は次第に黒いカラスへと変貌した。
バササッ!
東へ飛び立ち茶色の草原を空から見渡せば、少女が1人、粗末なコットンのドレス姿で息を切らして駆けている。
その後ろには、遙か後方に2人の男が追いかける姿が見えた。
スウッと高度を落として様子を窺う。
「待てっ!待てテリア!」
「はあっはあっはあっ」
少女は泣きながら逃げ続け、息を切らせるだけで言葉も出ない。
男の1人がとうとう追いつき、少女の腕を取ろうとしたとき、ホーリーはカラスの姿で男に襲いかかった。
バササッ!バサッバサッ!「ガアッガアッガアッ!」
「うわっ!なんだこのカラスはっ!ギャッ!」
「ひいっ!」
鳥に襲われ懸命に抗う男をあとに、少女テリアが先を急ぐ。
バササッバサッ「ガアッ、ガア……カア、カア……」
テリアは一目散に森を目指し、走り込んでゆく。
鳥から逃れてまた追い始めた男は、姿の消えた少女に、立ち止まってチッと舌打ち諦めた。
「駄目だ、逃げられた。迷いの森に入っちまった。」
「くそう、あのアマ、ふざけやがって。」
「迷いの森で、魔物に食われるがいいさ。」
後ろ髪引かれる様子で、男達が引き返してゆく。
どうやら、やや離れたところに止めてある馬車へと戻るようだ。
一体何故逃げていたのか、ホーリーにはどうでもいいことだが、彼女が逃げ込んだのが迷いの森というのが気になる。
この辺では狩人も入るのを躊躇するような、迷いやすい森だ。
しかも今の季節は、冬眠前の動物は気が立っている。
空は暗雲が立ちこめ、冷たい雨が降り出しそうだ。
ホーリーは空から森の中に入り少女の気配を探すと、カラスの姿のままで木を飛び渡り後を追った。
少女はどんどん森の奥へと入って行く。
「あっ!」
木の根に足をかけ、ドスンと倒れたときにようやく我に返り、後ろを振り向いた。
すでにここが、森のどの辺になるかなどわかるはずもない。
「あ……あっ、あっ、ああっ、どうしよう。」
逃げおおせた安心感より、とんだところへ迷い込んだ恐怖に身体がすくみ上がる。
ガランと何かを蹴って、ハッと立ち止まってみると、白い動物の骨だった。
骨の一部に毛皮がぺそりと張り付き、不気味さに「ヒッ」と息を飲んで悲鳴を飲み込む。
ガサガサ、ガサガサ、何かの気配を感じて顔を上げても姿は見えない。
「助けて……誰か、誰か……」
数歩後ろへ下がり、忙しく周りを見回して、テリアはダアッと思う方向へと一目散に駆けだした。
しかしそれが、ますます森の奥深くへ入る方向だと気付いていない。
今は彼女の心を恐怖が満たして、正常に考える力を全て奪いさっていた。
ポツポツと、雨が降り始める。
森を出て空を飛びながら、ホーリーはカラスの姿を解いて少年の姿で空を飛び続けた。
冷たい雨が心地いい。
恐怖に濡れる少女の心が、ホーリーの心をつつくようでそれも心地よくさえある。
森の奥へ奥へ。
少女1人、そこで何日過ごせるだろう。
夜に泣き、飢えと乾きで声も出ず、次第に破滅へ向かう人間の愚かで脆い美しさ。
クスッと笑って、ホーリーはくるりと一番高い木に降り立ち、雨足が強くなってきた空へ美しい顔を上げた。
「ウオォォォォォ……」
狼の声で、大きく遠吠えを上げる。
オオオオオォォ……
うおおおおぉぉぉ……
「キャアアア!!たっ助けてええ!」
いくつもの声が返ってきて、少女が恐怖で叫びを上げた。
「くっくっくっく……」
ホーリーが楽しそうに、雨でびしょ濡れになった髪を顔に張り付かせて空を仰ぐ。
ピカッと光る雲から、遠くで落雷が見える。
ゴロゴロゴロ……ピシャーンッ!!
「アハハハハハ!」
楽しくてたまらない様で笑っていると、ホーリーの頭上がカッと光り、瞬間雷が直撃した。
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