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広い部屋が神々で埋まる。そうなったらば、皆の前に登場したのは、赤い髪を肩の辺りで揃えている男の神に連れられた、よちよち歩きの幼い神だ。その子から私までの距離は離れていたけれども、柔らかく揺れる常磐色の髪と、くりっとした山吹色の瞳は遠目からでも印象的だった。
席に着いた男の神の膝に幼い神が座ると、宴会が始まった。酒を飲んで、食べて、唄って、ものすごく賑やかになったけれども、なぜか嫌な感じはしなかった。
宴の間中隅で小さくなっていた私だけれども、終わった後にあの幼い神が別の部屋でうたた寝しているのを見て、つい部屋に入って見入ってしまった。
宴をせずに、こうやって幼い子にささやかな挨拶をするだけでは駄目なのだろうかと、少し思う。
柔らかな頬を指で撫で、髪を指で梳く。そうしていると、先程この子を宴の場に連れてきた男の神が話し掛けてきた。
「やぁ蓮田。その子が気に入ったかい?」
「何を言うんだい思金。こんなに可愛らしい子を嫌うわけがないじゃないか」
私がそう返すと先程の男の神、思金は、じっと私を見つめてこう言った。
「それなら丁度良い。この子が大きくなるまで、蓮田が面倒見てくれないかい?」
「え? 私が?」
それは予想外の申し出だった。確かに、人間が多いこの都に住む神は皆忙しいだろう。けれども、出雲の方の山奥に住む私に、この子の面倒を頼むだなんて。
「それは、この子を連れて帰って育てろと言うことかい?」
そう思金に訊ねると、彼は頭を振ってこういう。
「まさかそんなわけないじゃないか。
蓮田が都に留まってこの子の面倒を見るんだよ。
大丈夫、ちゃんと住む場所と食事、その他生活に必要な物は用意するから」
思金はいつも突然こうやって、他の神を戸惑わせる。賑やかな都にはあまり長く居たくない。そう思って断ろうとしたけれども、手で触れていた幼い神が私の指を握ったその時、この子が成長する様を見てみたいと思った。
「わかった。しばらく都にいてこの子の面倒を見ることにするよ」
私がそう答えると、思金は上機嫌そうに頷いた。
「それじゃあ、今日からよろしく頼むよ。
さっき宴の時にも紹介はしたけど、もしかしたら君は聞こえていなかったかも知れないからもう一度紹介しよう。
その子の名前は語主。人間が生み出す物語を司る神だ」
この子の名は語主というのか。人間の物語を司る神と思金は言ったけれども、それはそんなに重要な役割なのだろうか。神々を集めて宴をするほど……
でも、もう私にとっては語主が重要な神かどうかはどうでもよくなっていた。この幼子が立派に神としてやっていけるようになるのが、純粋に楽しみなのだ。
そうして、私と語主の生活は始まった。賑やかな都で、他の神々と関わり合いながらの日々を過ごすのだ。
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