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いつまでも春の花畑で遊んでいたい。その思いが叶うはずはない。時間は人間だけでなく神にも平等に与えられる。幼き神も時間が経てば成長し、大人になるのだ。
「蓮田、一緒にこれ視よう」
そう言って青銅の鏡を持ってくる語主も、もうすっかり大きくなった。他の神と会話をしたりもするようになったし、私だけに甘えると言う事も減ってきた。
それでも、こうやってなにかと私と一緒に過ごそうとしてくれるのは嬉しかった。
「その鏡で、また人間を視るのかい?」
隣に座った語主にそう訊ねると、語主はさっと鏡の表面を手でなぞり、私にも見える位置で支える。
「今日は人間じゃなくて人間が書いた物語。
最近これで視られるようになってさ」
「そうなのかい?」
やはり、私が面倒を見ているとは言え、知らぬ間に成長してしまう物なのだ。私の中では、まだまだ小さい頃のままなのに。
語主が持っている鏡に私も手を添える。その鏡に映ったのは私や語り主の顔ではなく、人間の宮廷の様子だった。
いつも見ているものとたいして変わらないのではないかと思ったけれども、よく見てみると、鏡に映った人間が、実際の時間経過よりも速い速度で成長して、老いていっている。なるほど、やはりこれは語主が言ったとおり、人間が書いた物語を映した物なのだ。
「いやはや、こんな事ができるようになっただなんて、君も随分と神らしくなったね」
感心してそう言うと、語主はにっと笑ってこう返した。
「まぁ、実際神だからな」
随分と頼もしくなったものだ。それが嬉しくもあり寂しくもあった。
「ほんの少し前まで、花畑で遊ぶのが好きな小さな子供だったのに」
「もう何年も前の話だろ?
いつまでも子供でいるわけないって」
そう、この子はもうすぐ子供ではなくなる。そうなったら私はどうするのだろう。語主が大人になったあともこの都にいるのだろうか。いや、それは出来ない。私は私が司る鉱物を護るために、いつかはあの山に帰らなくてはいけないのだ。
その日はもう、遠くない。
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