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そして、語主とはじめて人間の物語を視た年の冬、語主ははじめて出雲の集まりに参加した。もちろん、私も同伴した。その会議と宴会の中で、語主は都に住む神だけでなく、他の地域に住む多くの神々ともやりとりをし、交流を深めていた。今まで何度も神在月にここに来ているのに、まともに他の神と話すことができない私よりも、ずっと立派な神になったようだった。
立派な語主の姿を見て私は悟る。あの子はもう、一柱でやっていける程に成長したのだと。
そうなればもう私の役目は終わりだ。語主のそばから離れて、自分が司る山へと帰る頃なのだ。
出雲での会議と宴会は数日続き、それが終わると都に帰る神々がこの地を発った。私もそれに合わせて出雲から離れたけれども、都へは戻らずに、かつて住んでいた山へと、身を隠すように帰っていった。
それからどれだけの時間が経ったのだろう。山の中の鉱脈に住む私には、季節が移り変わっても自分から知ろうとしなければそれを知ることはないし、何だか妙に疲れてしまって、何年経ったかを確認する気にもなれなかった。
そう、ここしばらくは神在月に出雲にもいっていないし……そもそもあの日から何回神在月があったのかも知らない……気にかける神も居ないのだろう。
私が時たま気にすることといえば、語主がどうなったかどうかくらいだ。あの子は今どうしているだろうか。立派に神として務めを果たしているだろうか。他の神と上手くやっているだろうか。そんな事だ。
実際に語主がどんな日々を過ごしているのかはわからないけれども、私が居なくてもちゃんとやっていけているのだと、そう思っていた。
春の日を思い出す。春の日差しの元、あの子と一緒に花畑で花を摘んで、髪に飾ったあの頃のこと。語主は覚えているだろうか。そんな日々があったことを。そうしてぼんやりしていると、地上から私を呼ぶ声が聞こえた。あの声には聞き覚えがある。急いで地上に出て姿を顕すと、そこには春に咲く花をかごに沢山乗せた語主が立っていた。
「どうして急にいなくなったんだ!」
そう言う語主に戸惑いを隠せない。私がここに住んでいると言うことはこの子には話していなかったし、もし他の神から聞いたとしても来るとは思っていなかったのだ。
「それは、私が君を育てるという役目を終えたからだよ」
そう答えると、語主はぼろぼろと泣き出してしまった。
「だからって、何もいわずに居なくなることないだろ!
なんか言ってってくれよ!」
「ああ、それは……」
何も言わずに立ち去れば、語主は私のことなど忘れると思っていたのだ。けれども、実際にはこの子は私を忘れずに、こうやって会いに来た。それがどうしようもなく嬉しかった。
私は語主が持っている籠から花を一輪取りだして、この子の髪に飾って言う。
「この時期なら、そこの花畑に沢山花が咲いているよ。
一緒に行こう」
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